悪霊か、女神か
フレイヤの様子が……?
「くっ……!しくじった。まさか、あんな攻撃があるとは…」
ゴーレムにトドメを刺そうとした瞬間、その目から放たれた強烈な光線を辛くも飛び避けたバルドル。咄嗟に身を開いて跳んだお陰で直撃は免れたものの、光線がかすめた軽鎧の胸部分は消滅してしまっており、光線が命中した天井はそのまま貫通して外の光が漏れ入ってきている、恐るべき破壊力だ。もし直撃すれば、人間の身体など文字通り骨も残らないだろう。反射的に避けられたのは奇跡と言ってもいいタイミングだった。
「こんな事なら、坑道がダメになるのを覚悟で魔法を使って対処すべきだった……完全に、俺の判断ミスだ」
バルドルが得意とする光魔法は、破邪の性質を持つ解呪や浄化だけでなく、ゴーレムが今使ってみせたような極光のビームを放つ攻撃魔法なども存在する。それは火水風土の四大属性に負けず劣らずの破壊力を発揮するものだが、今からそれを使って戦うのは厳しい。何故なら、バルドルの出血による体力の低下が限界に近い所まで来てしまっているからだ。
先程の光線を避ける為、全力でゴーレムの身体から飛び降りた為か、バルドルは傷口に近い背中を壁際に強打してしまった。それでなくとも、あの瞬間にケリをつけようと魔力を全開にした事で、身体に大きな負担がかかっていたのだ。魔力自体はまだ残ってはいるが、段々と重くなる身体と激しい痛みが、バルドルから戦う力をそぎ落としていく。
そうして動きを止めたバルドルに狙いをつけ、再びゴーレムの目が怪しく光り始めた。もう一度あの光線を撃たれれば、もはや避けるだけの力は残されていない。
「ここまでか……すまない、フレイヤ」
バルドルがその名を呟くと同時に、ゴーレムから強烈な光線が放たれた。それは山を貫通するほどの強烈なエネルギーだ、位置的に今度は地の底まで穴が開いてしまうかもしれない。そう思った時だった。
「バル!」
「……!?ふ、フレイヤ?!どうして!?」
突如として、バルドルの目前に光が満ちて、そこにフレイヤの姿が現れた。しかも、フレイヤの霊体が高密度の魔力であるゴーレムの光線を吸収しているようで、光線は完全にそこで止まっている。
「私にも解らないわ。ただ、ウルさんやドヴェルグさん達と塞がっていた坑道を掘り返していたら、バルの声が聞こえて……」
「フレイヤ…?」
フレイヤの様子がおかしい事に気付いたのはその時だ。彼女は確かにここに居て、バルドルと会話をしているのに、その視線はどこかここではない何かを見ているような、あやふやな感じがする。そうしてゴーレムの放った光線を全て取り込んだフレイヤは、いつの間にか血塗れの姿ではなくなっていて、女神のように美しい姿へと変わっていた。そして、神々しい輝きを放ちながらバルドルの背中へ回り、折り重なるようにして彼を抱き締めた。
「な、なななな…何をしているんだ……っ!?」
「……大丈夫、私が護るわ、バル。偉大なる戦士達の護り手、ヴァルキュリアの加護を」
「なに…?」
重なった二人の手に、炎のように熱い光が宿る。それはやがてバルドルの全身へと巡っていき、信じられない程の力が漲り始めた。朦朧としていた意識もクリアになって、あれほどの激痛をもたらしていた肩の傷も気にならなくなっていた。
(なんだ、これは?ヴァルキュリアと言えば、神話に登場した戦士を守護する女神か天使のはず……一体、どういうことなんだ?)
そんな疑問に答えるかのように、背中から頬を寄せてフレイヤが微笑む。そこには、いつもの悪霊と見紛う面影はどこにもない。彼女はそのまま耳元で、優しく囁いた。
「唱えて、セイズを。そして、力を…貴方に」
「っ……聳えろ、極光の御柱。称えよ、爛然なる光の道を。『王の曙光たる矢』!」
導かれるようにして、バルドルは光の魔法を詠唱する。『王の曙光たる矢』は、極限にまで集中した魔力を一本の光の矢に変えて放つ光属性の魔法だ。矢と言っても、それは槍のように太く大きい一矢であるが、たった今バルドルが撃ち出したのは、それすらも遥かに超えたビームのような光であった。ちょうど、先程からゴーレムが撃って来た光線によく似ている。その威力も通常より強力で、強大な光の矢はゴーレムの目に突き刺さると一気に爆発し、ゴーレムの頭を完全に吹き飛ばしてしまった。内部からとはいえ、あれほどの硬度を誇っていたゴーレムの外殻すら粉々にしてしまうのは、途轍もない破壊力である。
「凄いな、なんて力だ。……フレイヤ、君は」
バルドルが感嘆の声を上げると、フレイヤは重ねていた手を離し、ある一点を指差した。つられてバルドルが視線を向けるが、特にそこには何もない。何の変哲もない壁があるだけだ。だが、バルドルはフレイヤが間違っているとは思わない。先程ゴーレムが現れた時も、同じように何もない壁から現れたのだ。
それに、よく思い返してみれば、フレイヤが指差しているのは最初に彼女が恐いものが来ると怯えていた方向ではなかったか。戦っている内に方向感覚が狂ってしまったが、どうやら間違いなさそうである。
バルドルが注意深くそちらを確認すると、それまではただの壁でしかなかった場所が僅かに歪んで見えた。
「何だ?何か…あるな」
そう思って注視していると、その歪みはますます大きくなった。幻覚と言うよりは、何かが壁に擬態しているような、或いは、壁の中から何かが浸食してくるような違和感だ。時間にして数十秒ほどの間があったあと、遂にそれは現れた。
どす黒い血のような、赤黒い闇が吹き出して壁の岩を取り込んでぐしゃりと潰した。そうやって潰された岩はそのまま闇に取り込まれて消える。見えてきたのは、なんとも不気味な闇の泉のようだった。バルドルが息を飲んで様子を窺っていると、何かが闇の泉に落ちたのか、微かな波紋が浮かぶ。すると、泉がザワザワとざわめきだし、そこからあのロリポリの魔獣が飛び出してきた。
「そうか、あれが魔獣を生んでいたのか。ということは、このゴーレムも……いや、コイツはもしや」
息絶えたゴーレムの巨体を見据えて気付いたのは、もしかすると、このゴーレムはあの闇に人が近づかぬよう守っていた番人だったのではないか?という事だ。この巨体のゴーレムが、あの闇に触れたのならば、もっと大きく坑道が崩れていなければおかしいだろう。あの闇は何らかの理由でここに封じられていたもので、それをこのゴーレムが守っていたという方が正しいように思えた。だが、その番人を倒してしまったのは、他ならぬ自分である。
「だとしたら、俺がきっちりケリをつけなくちゃな……!」
バルドルの呟きに、フレイヤが微笑んで答える。そして再び、その手をバルドルに重ねた。そこからもう一度、更なる力が溢れ出してバルドルの身体に満ちていく。その力をミストルテインに込めると、バルドルは軽やかに一歩を踏み出した。そのたった一歩だけで、まるで瞬間移動でもしたかのようにバルドルは闇に肉迫する。そして、手にしたミストルテインで闇を貫くと、闇は煙を手で払うほどの呆気なさで簡単に消えた。そして後には、小さな黒い宝石のような石が落ちていて、バルドルが触れてみると砂のように粉々になってしまった。
「終わったか……フレイヤ?おい、フレイヤ!」
闇が消えた事を確認したからか、フレイヤは静かに目を閉じ、バルドルから離れた。しかも、神々しいまでの輝きは消えて、元の血塗れの姿に戻っている。バルドルは落ちそうになった彼女を抱えてその場に座り込み、彼女に秘められた何かについて考えているようだった。
ウルとドヴェルグが瓦礫を破壊して助けにきたのは、それから一時間程してからの事である。
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