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魔剣・ミストルテイン

ちゃんと冒険もします。

 それは、あまりにも突然の出来事だった。フレイヤがバルドルの手元から目を離したのは、ほんの一瞬だけである。飛び掛かって来るロリポリ(ダンゴ虫)に驚いて目を瞑り、直後に切り払う音がしたのだ。彼女が目を瞑ってから斬撃の音がするまで、一秒も経っていなかったはずだ。しかし、その間に、バルドルはどこからか剣を抜き、ロリポリ(ダンゴ虫)の魔獣を切り払っていた。まるで手品でも見ているようで、フレイヤは呆気にとられている。まさに呆然という言葉が相応しい様子だ。


「え、バル。……どうやって…?」


「言ったろう?すぐに解るって」


 バルドルは少し悪戯っ子のように笑ってフレイヤの方を向くと、ウィンクしてみせた。本来、バルドルは端正な顔立ちをした美青年である。フレイヤの前では格好悪い所ばかりを見せてしまっていたが、剣を握った時の彼は別人のように頼もしく、絵画のように美しい。出会った時に魔法の薔薇を渡された時のことまで思い出したフレイヤは、もう動いていない心臓が跳ねたような気がして、思わず顔を背けてしまった。

 

 (バル、格好いいじゃない…!やだ、私の顔、赤くなってないかな……!?)


 幸いな事に……と言っていいのか解らないが、フレイヤの顔は元々血で紅く染まっている。赤面した所で他人からは解るはずもないのだが、どうもフレイヤには自分の状況がよく解っていないようである。

 その頃になって、仲間の一匹が殺された事にロリポリ(ダンゴ虫)達は気付いたようだ。坑道の奥からザリザリと威嚇するような音がし始めて、彼らの怒りのボルテージが上がっていくのが、二人にも手に取るように解った。ここからが本番である。


「来るか、魔獣共」


 バルドルはすぐに正面を向き、剣を構えた。キラリと光る刃に映った彼の瞳は、手にした剣よりも鋭い眼光を放っている。


 それを合図にしたように、ロリポリ(ダンゴ虫)達は次々に丸まってその場で回転を始め、飛び掛かってきた。壁や天井、地面までもを削って飛び込んでくる様は異様で恐ろしいものだが、バルドルは一切それに怯む事無く、剣を振るっていく。その動きに、フレイヤは目を見張っていた。


 バルドルの手に握られた剣は、彼の髪と同じプラチナの輝きを放つ両刃の片手剣だ。研ぎ澄まされた刃はやや肉厚で幅広く、長剣ではあるが、ロングソードよりもほんの僅かに短い。ブロードソードと呼ぶのが相応しいだろう。刀身の中央には、樹木を模した意匠が施されており、バルドルの魔力を受けてぼんやりと発光しているように見える。これこそ、エッダ家に代々伝わる魔剣・ミストルテインである。


 ミストルテインは、通常時は小さなヤドリギの枝の形をしていて、いつもはバルドルのポケットに忍ばされている。そして、持ち主であるバルドルが魔力を込めると瞬間的に形を変えるのだ。バルドルの魔力がある限り、決して折れる事も傷つくこともなく、煌々と光を放って理外の切れ味を発揮する。何故、彼がこんな剣を持っているのかと言えば、それは初代エッダ家当主であるエルダー・エッダが、神の血を引いているからであると先祖からは言い伝えられてきた。

 とはいえ、その言い伝えを証明するものは何もない。神の血を引いているならば王権の一つくらい持っていてもおかしくないだろうに、初代は建国王に付き従って戦っていただけなのだ。それ故に、バルドルはその伝承には懐疑的である。一応、この世界には他にも魔剣と呼ばれる剣は存在すると言うし、初代がどこかで拾ってきたんだろうとしか思っていないようだ。

 

 ロリポリ(ダンゴ虫)達のぶつかった壁が削れている事からも解るように、回転しながら飛び込んでくるロリポリ(ダンゴ虫)はかなりの重さと硬さ、そして衝撃力を伴っている。だが、ミストルテインを振るうバルドルは、そんな事など全く感じさせない軽やかな手捌きで、易々とロリポリ(ダンゴ虫)を処理していた。確かに、これだけの実力があるならば、バルドル一人で十分過ぎるだろう。ウルが何ら心配もせずに彼を送り出したのも、その実力を知っていたからなのだ。


 切り捨てられたロリポリ(ダンゴ虫)達の死骸は、見る間に小さくなってロリポリ(ダンゴ虫)本来の姿に戻っていた。ロリポリ(ダンゴ虫)は元々、小石の下に隠れるほど小さな虫である。触れると丸まって身を守る所も、ダンゴ虫と全く同じだ。人を襲うような凶暴性をみせるのも、魔獣化しているからだろう。


 魔獣と呼ばれる存在の多くは、何らかの理由で魔力を大量にもってしまい、その身体が変異してしまったものである。当然、魔力の源である精神や魂は、命を落とせば失われるので、自然と魔力が抜けて本来の姿形に戻るのだ。このロリポリ(ダンゴ虫)達は、元々はこんな小さな虫だったということだ。


 時間にして十数分と言った所だろうか?永遠に続くかに思われたロリポリ(ダンゴ虫)の猛攻は次第に止んで、最後の一匹をバルドルが切り捨てた。魔獣達から抜けた魔力は坑道内に溢れているが、直に霧散して消えるだろう。だが、バルドルは何かが気掛かりなのか、顎に手を当てて考え込み始めてしまった。


「これで最後か。ふむ」


「バル、どうかしたの?」


「いや、ちょっと妙だと思ってな」


「妙って?」


「見ての通り、ロリポリ(ダンゴ虫)は本来、こんな小さな虫なんだ。それがこれほど大量に魔獣となって現れるというのはどうもな……」


 生まれつきの魔獣…俗にモンスターと呼ばれる怪物達とは違って、既存の生物が魔獣化する場合は突然変異であることがほとんどだ。しかし、そうであるならば、これほどの数のロリポリ(ダンゴ虫)が一度に突然変異するとは考えにくい。しかし、現実にこの大量のロリポリ(ダンゴ虫)達は魔獣となって襲ってきたのである。それが何を意味するのか、バルドルには予想もつかないようであった。


「う~ん……あ、そう言えば」


「うん?何か知ってるのか?」


「いや、知ってるって訳じゃないんだけど……この坑道の奥の方から、何かすごく…イヤな感じがするなぁって思って」


「イヤな感じ…?」


 フレイヤが指差した方向へバルドルも視線を向けたが、特に変わった様子は見当たらない。もちろん、ここから坑道の最奥までは見通せないし、一応確認はするつもりだが、バルドルにはその感覚の正体が解らなかった。


 (特に何も無さそうに見えるが、今のフレイヤは霊魂の状態だ。俺には解らない何かを感じ取れる可能性はあるな……)


「よし、見に行ってみるか」


「え?行くの?」


「そりゃ行くだろう。君に言われなくても、一匹でも魔獣が残っていたら作業員が危険だからな、確認はするさ。さぁ、行こう」


 フレイヤは「ええ~…」と言った後、渋々ながらバルドルから少し離れてついて来ることにしたようだ。彼女はバルドルに憑りついている状態らしいので、あまり遠くまで離れられないのだろうが、そこまで嫌がる姿を見ると逆に気になってくる。フレイヤの様子を気にしつつ、バルドルは坑道の奥へと進んでいった。


「行き止まり、か。特に何もなかったな」


 時間をかけて確認しながら進んだ後、二人は坑道の最奥に到着した。そこはやや広い空間になっていて、まだ採掘の跡が残っている。恐らく、魔獣が出さえしなければ、まだまだここで作業が行われるはずだったのだろう。しかし、ロリポリ(ダンゴ虫)が暴れたせいか、残されていた機材などは完全に破壊されてしまっていた。ただ、残った敵もいなかったし殲滅自体は終わったと言ってもいいはずだ。バルドルがそう思っていた時、フレイヤは自分の身体を抱いて震え始めていた。


「う、うう……」


「どうしたんだ?フレイヤ、そんなに震えて……寒いのか?」


 幽霊が寒さを感じるのかどうかは疑問が残る所だが、あまりにも異様な様子にバルドルは心配になってきた。すると、フレイヤが驚きの発言をする。

 

「ち、違う……私の中に…何かが、入ってくる……!とても嫌なものが…、私が私じゃなくなりそう」


「なに?」


 そして、フレイヤはぶるぶると震える指先を、行き止まりの壁際に向けた。


「そ、そこ……そこから来る。恐いのが、来るの…!」


「恐いもの……?」


 それだけ聞けば、信じ難いものではあったが、バルドルはフレイヤが嘘や冗談でそんな態度を取っているとは思えなかった。だが、そこはどう見ても()()()だ。バルドルがその壁にゆっくり近づき、手を振れようとした瞬間、壁に一つの大きな目が開いたのだった。

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