たまにはスーパーダーリンらしく
ちなみにダンゴ虫は英語圏の子供達が「roly-poly bug」と呼ぶらしいです。
なのでロリポリという名前にしました。
バルドルと握手を交わした後、ドヴェルグは傍に置かれていた採掘用の道具に手を伸ばし、それらを担いだ。ツルハシやハンマーなど、原始的な道具が多いが、これらにもまた魔石が組み込まれていて、少ない力でも効率的に採掘出来るよう設計されている。他にも、魔導具と呼ばれる大型の機械もあるのだがそれはここには置かれていないようだ。
「さて、魔獣共が入り込んだのは一番坑道だ。よろしく頼むぞ、坊。儂は部下と一緒に三番坑道におるからな」
「ん?おいおい、待て!まさか採掘を続けるつもりか!?せめて、俺が魔獣を退治するまで作業を中断してくれ、危険だ!」
「なぁにを言っとる!これ以上、作業を停めていられるか!それでなくとも今月は作業が進まんで弱っとったというのに……こんなことで、儂らは手を止めんぞ!」
「しかしだな、万が一ということも…」
「ほう?それじゃ何か?坊はエッダ家の当主として、儂らを守って魔獣を討伐する事も出来ん腑抜けと言うのか?とんだ騎士様だのう。お母上…フリッグ様なら、儂らを守りつつ、討伐をこなすなんぞ朝飯前だったと思うが、なぁ?」
「むっ……!?」
バルドルは言葉を詰まらせ、ドヴェルグの言葉にたじろいだ。他の人間の言葉なら、スルーする事も出来ただろうが、ドヴェルグはバルドルの母である先代当主、フリッグが拾い上げた腕利きの職人である。この場にいる誰よりも、フリッグと言う人物のことを知っているのがドヴェルグだ。その彼が、フリッグの名を出してバルドルと比較した。つまり、ドヴェルグは暗に「それが出来ないのなら、お前は母の足元にも及ばない」と言っているのだ。
それでも、領主ならば、そしてドヴェルグの上司と言う立場を考えれば、そんな挑発に乗るべきではないだろう。しかし、バルドルは領主としての実績も少なくまだ若い男である。いや、実績が少ないからこそ、見え透いた挑発と解っていても乗らざるを得ない状況だった。もしもここで守りに入ってしまえば、ドヴェルグは二度と自分を母と同格の存在とは見てくれないだろう。母への恩義だけで、どこまでバルドルへの忠誠を誓ってくれるのか……つまりこれは、ドヴェルグからの挑戦なのだ。いつまでも先代の下に甘んじる、坊のままでいるか?と問われているのである。
「はぁ……解ったよ。何とかする。だが、そっちもいつでも作業を止めて退避出来るよう気をつけてくれよ」
「おうよ、任せておけい!……それにしても」
ドヴェルグはそのまま、バルドルを見つめて動きを止めた。正確に言えば、バルドルの眼ではなく、もう少し左を見ている様な感じだ。どこを見ているのか聞こうとした時、ドヴェルグは視線を外して歩き出してしまった。
「坊もそんな歳になったか。あまり女を泣かせるんじゃねぇぞ」
「お、女ぁ?……何を言ってるんだ、一体」
唐突にずいぶんと心外な事を言われた気がして、バルドルは思わず声が上擦ってしまった。そんな彼を、汚い物でも見るかのような目でフレイヤが睨んでいる。その冷たい視線に気づいて、バルドルは思った。もしかすると、ドヴェルグにはフレイヤの姿が見えていたのでは?と。事情を知らないドヴェルグは、フレイヤの事をバルドルがいい加減な遊びで泣かせた女の霊だと勘違いしているのかもしれない。だとしたら、それはとんでもない誤解だ。そう思い至ってドヴェルグに反論しようとしたが、既に彼は三番坑道に向かって歩いて行ってしまった後であった。
「オヤッさん、何言ってるんスかねぇ。顔だけはいいけど、万年金無しで女の子の気持ちも解らずモテない団長が女を泣かすなんて、あるわけないのに。……痛ぇ!?」
とりあえず、ウルの頭を叩いておく。いくらなんでも上司に対する発言ではないので、これくらいは許されるだろう。
「よし、魔獣が居るのは一番坑道だったな。ウル、外は任せるぞ」
気を取り直して、バルドルは一番坑道に向けて進む。万が一の時の為に、ウルは外で待機して撃ち漏らしを退治する役だ。ついでに、野次馬や、事情を知らない人間が近づかないようにすることも含まれている。
「了解っス!団長も、もしもの時は早めに呼んで下さいよ」
「何だ、手伝ってくれるのか?」
「い~や、とっとと逃げるんで!」
「バカ野郎」
苦笑しつつ、バルドルは背中越しに片手で手を振って颯爽と歩いていった。まるで、気晴らしに散歩にでも出かけるような気安い雰囲気だ。相手は恐ろしい魔獣の群れだというのに、この緊張感の無さはなんなのだろう。バルドルの背中にくっついたままのフレイヤは、何やらモヤモヤとした違和感を覚えながらフワフワと浮いていた。
「ね、ねぇ、バル。あなた一人で大丈夫なの?ウルに着いてきてもらった方がいいんじゃ……」
「うん?心配いらないさ。ドヴェルグがあんな挑発をしてくるくらいだ、魔獣の群れと言っても、そう大した敵じゃない。それに、ウルの奴は得物が得物だからな。どっち道、狭い坑道の中じゃ力が発揮できないんだよ」
そう答えるバルドルは振り向きもしないが、フレイヤが振り向いて確認すると、ウルは呑気な顔でバルドルに向けてひらひらと手を振っていた。フレイヤが知る魔獣退治の現場とはかけ離れた様子で、不安が拭えないようだ。ハラハラしながらバルドルの肩をぎゅっと掴んでいる。その様子がおかしいのか、バルドルは笑いを噛み殺していた。
坑道の中へ入っていくと、中はひんやりとした空気に包まれていて、あまり物音らしい物音も聞こえて来なかった。天井付近には等間隔で魔石を使ったライトが設置されている。余りにも整然としていて、予め魔獣の群れがいると聞いていなければ、何も居ないのではないかと思うほどだ。だが、しばらく進むとバルドルは不意に足を止め、曲がり角をじっと見つめていた。
「フレイヤ」
「え、何?」
「君は、魔獣を見た事はあるか?」
「あるけど……どうしたの?急に」
「いや、どうやらお出ましのようだからな。あまり耳元で驚いて、大声を出さないでくれよ」
そう言われて、フレイヤがバルドルと同じように前を向くと曲がり角の先で、何かが動いた気がした。よく目を凝らしてみると、それは何かの頭のようで、チラチラと見え隠れしては、意図を感じさせない不思議な動きをしている。更に目を凝らすと、その蠢くモノが何なのか理解出来た。それは、頭だ。何かの頭が見え隠れしている。そして、それは、出たり隠れたりという動きを繰り返したあと、ようやくその全貌を表した。
「ひゃあっ!?あ、あれ、む、むむむ…虫ぃっっ!?」
「うるさっ……!ふむ、虫型の魔獣か、なるほどな」
何がなるほどなのかフレイヤには解らなかったが、魔獣は彼女の叫びに反応したように、こちらへ移動を始めた。その大きさはおよそ一メートルほどで、しかも、一体ではない。群れと報告されていた通り、地面だけでなく壁面や天井までもに群がって、次々にせり出して来る。フレイヤはゾッとして、バルドルの肩を握り締めた。
「なななな…き、気持ち悪いっ!なんなのあれ?!」
「どうやらロリポリの魔獣みたいだな。群れと呼ぶだけあって数も多そうだ。……しかし、フレイヤ、君は割と力が強いんだな」
肉体を持たないはずのフレイヤは、バルドルの鎧や服を貫通した、その身体に直接力を加えている。バルドルは霊体系のモンスターと戦った事はないのだが、彼らはこうやって人間に危害を加えるのかと己の肉体で実感したようだ。そんな呑気な事を言うバルドルに、フレイヤは八つ当たりのような声を上げた。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ?!ど、どどどどうするの、あんなにたくさん……たった一人で…!っていうか、貴方丸腰じゃない!どうやってあんなのと戦うのよ!?」
半ばパニック状態のフレイヤが、バルドルの肩を揺らす。その内に、一匹の魔獣が丸まって、勢いよく跳ねた。そうして、壁や天井に跳ね返りながら加速して無軌道な動きでバルドル達目掛けて飛び込んでくる。
「やはりロリポリだな。ああやって丸まって突撃してくると……」
「あ、あわわ…!?危ないっ!」
走る大型トラックのタイヤのような、強烈なスピンをかけた魔獣がバルドルに肉迫する。フレイヤはもうどうする事も出来ないと、咄嗟に目を瞑ってバルドルの肩にしがみ付いた。そして、次の瞬間。
ザンッ!という何かが斬れたような音がして、フレイヤはバルドルがやられてしまったと思ったようだ。だが、一向に衝撃はこない。少しの間をおいてそっと目を開けると、バルドルは不敵な笑みを浮かべ、いつの間にか手にしていた剣で飛び掛かってきた魔獣を真っ二つに切り払っていた。
「え……?」
「さて、害虫退治と行くか!」
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