クエスト5・異邦人と素朴な村2
「それにしても・・・・・・評価に困る村だな」
「初めて来た人は大体そうみたいだから、気にしなくて良いと思うわ。
あたしもそうだし、雑誌の文章からもそんな感じがしたし」
「ライターがそれで良いのかよ」
嘘を書いたら不味いだろうけど、こじつけに近くても良い事を書いておくのが仕事だろう。
プロですらそうなるんだったら本当に評価が難しいと言う事なのか。
これ以上口に出すのは失礼なので(既に失礼かもしれないが)この話題はやめにする。
荷物を背負って武器や杖を所持している俺達に注目が集まりつつあるし。
特に騒ぎは起こらないし、危険だとは思われていないらしいからその点は安心だが。
「今までにも冒険者が村に来る事はそれなりにあったみたいだな」
「強盗にでも思われる程怪しい格好はしてないしね」
「俺だったら武装した二人組が住んでる村に来たら警戒するけど」
「ん? これくらいは普通だと思うわ」
あ、ああ。日本や地球とは常識が違うんだ。
そこらの森でも奥に足を踏み入れればモンスターが出るくらいだし、武器は身近なのか。
この世界に来てから、もうそろそろ3ヶ月が経つがこの辺りは中々慣れない。
戦闘には意外とあっさり慣れてしまったが、一般常識的な思考についていけない事がある。
戦闘なんて日本では全く縁が無いから新しい知識として覚えてしまったが、
なまじ日本と言うか元の世界の常識を持っているから、ややこしい。
「タツキは、記憶を失う前に武装をした事が無かったのかしら?
・・・・・・そんな事は無いわよね、普通に冒険者としてやっていけてるんだし」
すまん、お土産物の木刀くらいしか持った事無かった。とても武装したとは言えない。
戦えているのはチートが有るからなんだよ、申し訳ない。
そんな事を考えつつ村の役場を探す。とは言え小さい村なので数分歩いただけで見付けられた。
戸を開き、辺りを見回しながら窓口らしき場所まで進む。
「あの、すみません。近くの町までの馬車は何時何処から出発するのでしょうか」
「えっとですね、ちょっと待ってください。
・・・・・・はい、デル村から最も近い町までの馬車は今から三時間後に出発します。
場所はデル村の端にある、馬小屋が用意されている広場ですねえ。
お二人は冒険者の方ですか?」
「はい、そうですが」
「少し頼まれて欲しい事があるんですよ。
ああ、別にモンスター討伐とかでは有りません。少し手を貸してくれると助かるのです」
暇そうに欠伸なんかしていた男に馬車の到着時刻について聞くと、
机の上を慌ただしく探り、時刻表を引っ張り出して暫くしてからようやく時刻を告げる。
しかも口調こそ丁寧だが、やけに馴れ馴れしい。
「手を貸すとは言っても、あまり大した事は出来ませんが?」
「ギルドのルールで、冒険者は自らの力を安売りしてはいけないのです」
これは断る口実では無く、事実だ。
そもそも冒険者はタダ働きを最も嫌うし、ルールで無くとも暗黙の了解になったと思う。
・・・・・・いや、俺は面倒臭そうな事に関わりたく無いってのも少しはあるけど。
「そんな大層な事を頼む訳じゃありませんって。
廃坑に入って迷子になった子供が朝出たんでね、見つけてきて欲しいと。
怖いでしょうねぇ、寒い坑道の中に独りで居るなんて」
「・・・・・・断ったらあたし達が心の冷たい人みたいじゃない」
ちっ、面倒な事になった。わざわざ冒険者に頼まずにこの村の大人がやれば良いだろ。
やむを得ない事情があるのかも知れないが、こう言う時親が子供を助けに行かなくてどうする。
「別に強制している訳じゃ無いですよ? 断っても一向に構いません」
「・・・・・・やるよ、何時間もかからないだろうし」
「いやあ、お優しい! 早速頼みますよ!」
さっさと終わらせれば良いだけの話だしな、迷子を連れ帰るなんて。
しかし、本当に何を考えているんだ。朝から昼まで放っておいて俺達に頼むなんて。
憤慨しつつも役場を出て廃坑入口に向かう事にする。
「酷い話よね、朝に迷子になった子供を昼まで放っておくなんて」
「全くだ。完全に同意」
村を眺めながら歩いている最中にリリアが話しかけてくる。
俺が思っていた通りの事を口に出されて驚いたが、やっぱり普通はそう考えるよな?
本当ならもう少し村を見て回りたかったのだが、それは迷子を探してきてからにする。
迷子だと聞き、あまり時間をかけるのも申し訳ないからだ。寄り道せずに坑道に入ろう。
「坑道なんて初めて見たなあ。比較対象を知らないから、これがデカイのか分からん」
「あたしも今までに見た事は無かったわね。
これより規模の大きい物もあるのね、あたしはこの坑道でも十分大きい気がするわ」
頑丈そうな木の骨組みで支えられた入口部分だけで4メートルはありそうだ。
山の地下に向かって掘り進められているらしく、緩やかな下り通路になっているらしい。
役場で貰った簡素な地図を開く。途中までは一本道であるようなので何はともあれ進む。
「モンスターの気配もしないよなあ。何でまた冒険者に頼むんだか」
「いや、モンスターが居て放っておいたとしたら相当でしょう・・・・・・」
「あ、それもそうだな」
この可能性はそもそも考えるのが馬鹿だったか。
もしそんな事なら親どころか人としてどうかと言った所だしな。
やはり俺はどこか抜けてると思いつつ、進むにつれて肌寒くなってきた坑道を進んでいく。
「暗くなってきたし、そろそろ明かりを付けるわね・・・・・・くしゅん」
「寒いのか?」
坑道の壁面に松明が設置されていたが、奥に進むにつれて設置間隔が疎らになってきた。
廃坑だから奥に入る人は居ないんだろうし空気も悪くなるだろうからなあと考察する。
気付いたリリアがマジックアイテムを取り出したのだが、その時に寒そうな様子を見せる。
うーむ、俺も寒い事は寒いんだが・・・・・・お、良い方法を思い付いた。
「リリア、そのローブの上からこれを着るんだ。防寒性能は中々の物なんだ」
「それ、タツキのマント?」
新調していた外套をリリアに手渡す。
まあ、この際俺が寒いのは我慢しておこう。少なくともリリアよりは俺の方が丈夫だからな。
「ああ。外部からの温度変化の影響を和らげるから、だんだん暖まる筈だと思うぞ」
「そうなの? なら、悪いけどちょっと借りるわね」
今までに結構寒さを我慢していたのか案外素直に受け取った。
恥ずかしがって受け取りを拒否する可能性も考えていたが。
「あ、確かに暖かいわね。ぽかぽかする」
「そんなに早くは暖まらないと思っていたけど」
「だって、顔が火照ってきたりするわ」
それ、別の要因だ。そう言おうかとも考えたが恥ずかしかったので止めておいた。
何処と無くナルシストっぽいし、リリアが気付いてないのに自分で言うと。
・・・・・・俺の体も火照ってきてしまった。
微妙な居心地の悪さを感じながら坑道を進むと、数分で分岐点に到着する。
脱出する時に迷わないように闇で強化した剣で壁を削り印を付けておく。
どうせ廃坑なんだし、ちょっと鉱石を傷付けたからって文句は言われないだろう。
「左右に別れてるけど、どっちに進む?」
「取りあえず、左側に行ってみましょう。地図ではほぼ一本道になっているし」
「こっちの面倒じゃない方に進んでいてくれると助かるんだがなあ」
ここまで来といて今更だが、やはり面倒な物は面倒だ。
別に今日のタイミングを逃しても明日があるが、早く帰りたいと言う気分に変わりはない。
流石に迷子を放っておくのは気が引けるので手を抜くつもりは無いが。
「それにしても何でこんな薄暗くて寒い所に入って来たのかな、入る意味も無いのに」
「別に理由なんて無いだろうし、あっても大した物じゃないだろう。
何でこう言う事をしたかなんて、その時の自分にしか分からないし」
「そう言う物かしら?」
「俺はそう言う物だと思ってる。大体、言葉で感情や思考を全て表せる筈が無いんだ」
それでも出来る限りの力を尽くして他者との交流を図るのが人間だけど。
ま、これは言葉の限界だな。人間の心の動きってのは言葉で表せる程単純では無いと思う。
俺の言葉を聞いて、理解はしたが納得はしていない、と言うような表情のリリア。
無理に納得させる必要なんて無いのだが、話のタネにはなるかと思いもう少し続ける事にする。
「分かりにくい例えかも知れないが・・・・・・
物理法則に反した絵を描く事は出来ても、幾何法則に反した絵を描く事は出来ない。
心の動きには両方あって、描く事の出来ない絵もあると言う事だ」
「何となく、分かってきたような気もするわ」
尊敬に近い視線を向けてくるリリア。う、地味に罪悪感。
何しろ「絵」の例えは完全に昔読んだ本の受け売りなのだ、俺が考えた訳では無い。
いや、言葉は心の動きを完全には表せないと言ったのは俺自身の考えだしギリギリセーフだろ、
等と誰に向けているのか分からない自己弁護をしつつ進んでいくのだった。
「うーん、こっちじゃないのかも知れないわね」
「そうだなあ、探索領域を広げながら歩き回ってはみたが誰も引っかからない」
数十分かけて、くまなく捜索してみたが迷子は見付からない。
探索領域を展開しつつの捜索だったから、見逃していると言う可能性も低い。
しかし、そうなると・・・・・・
「分岐点の右側に迷子は居るって事か・・・・・・」
「あっちは細かい分岐が多いから、出来ればこっちで見付けたかったわね」
結局この数十分は骨折り損だったと言う事に思わず溜め息が出てしまう。
リリアもくたびれた顔をしている。体力は余裕があると思うのだが精神的にキツいのだろう。
「愚痴を言っても仕方無いからな、もう一頑張りするか」
「そうね、こんな所で心細いでしょうし早く連れ帰ってあげましょう」
二人して気合いを入れ直しつつ、来た道を戻る。
行きと違って誰も居ないと分かっているので、小走りで移動する。
数分で印を付けた分岐点まで引き返し、いざ右側へと言う所で唐突に違和感を感じ立ち止まる。
「どうしたの、タツキ? いきなり止まったりして」
「いや・・・・・・何か腑に落ちないんだよ」
「腑に落ちないって、どの事が?」
何が、とは返さないんだな。リリアも心当たりは沢山あると言う事か。
しかしこの様子だと、リリアはおそらく気付いてないと思うんだが・・・・・・
「俺達に迷子がいると教えた、あの役場の男。どこか、おかしくないか?」
「おかしいと言われても、特にそうは思わなかったけど」
「役場の職員なら・・・・・・と言うより、あの村に住んでるなら時刻表を探さなくても
馬車の発車時刻とか場所くらい暗記してそうな物じゃないか?
大人だし、役場職員なんだし尚更だ」
「そう言われると確かに変ね。
役場にはあたし達みたいに時刻を聞きに行く旅行者も多いでしょうし」
「まあ、だから何を言いたいんだと返されれば困るけどな。
単に度忘れしていただけだったのかもしれないし、理由なんて幾らでもあるからな」
気にしていても仕方無い事ではあるので、探索領域をフルに展開したまま歩き出した。
「・・・・・・結局、誰も居ないじゃないか」
「いくらなんでも、ここまで探してあたし達の見落としって事は無いわよね・・・・・・」
あれから数十分かけて右側の通路も探したが、迷子とやらは見付からなかった。
左側の通路にも戻って再度捜索したが、やはり誰も居ない。
俺には探索領域があるんだし、見落としの可能性は低い。
「途中からは声を出しながらだったしな。これでも反応が無いってのは変だろ」
「一時間近くは探していたわよね。一回村に戻ってみた方が良いんじゃないかしら?」
「ああ、その方が良さそうだ」
ここまでやって見付からないなら体勢を立て直した方が上手く行くだろう。
そもそも本当に迷子が居るのかも怪しくなってきたが・・・・・・
一度戻った方が良いと言う結論が出たので、軽く走って村までの道を急ぐ。
狭い所を行ったり来たりして結局それが無駄になった事にストレスが溜まっていたのだ。
リリアのペースに合わせつつ坑道入口まで走っていると何やら外が騒がしい。
いったい何事かと思い、走る速度を速める。
「何かに怒ってるのかしら? いや、泣いてる?」
「どちらにせよ、穏やかでは無い状況だな。もう少し急ぐぞ」
嫌な予感がしてきたのは俺だけではなくリリアも同じらしい。
互いに口数が少なくなり、ひたすら村に向かって走る。
ようやく入口付近に辿り着くと、デル村は大変な騒ぎになっていた。
「な、なんだ? この状況・・・・・・」
「阿鼻叫喚って、こう言う事かしら・・・・・・」
村人達があちこちで狂気の沙汰としか思えない行動を取っている。
木に向かって殴りかかっている男性や、聞き取れない叫びをあげながら頭を抱える女性。
一見普通に見えて太陽を直視したまま動かない少年。人形をひたすら水洗いし続ける少女。
中には本当に正気を保っている人達もいるようだが、見える範囲にいる数は少ない。
「これは・・・・・・どうすれば?」
「元に戻してあげないと! ジオの教会にでも行けば多分大丈夫だと思う!」
「・・・・・・現実的な方法では無いが、他にやれる事も無いな。
気絶させて、その内来る馬車にでも協力してもらうかーーーっ、リリア。悪いな」
「きゃっ!?」
害意を持った存在が坑道を出た時点で探索領域に引っかかっていた。
気付かないフリをしつつ隙を窺っていたが、魔術を使用してきた為リリアを抱えながら回避。
横っ飛びに移動しながら攻撃してきた相手を確認する。
「あんたか? 村の人達をこんなにしたのは!」
「おっと、結構遠くから撃ったのに随分勘の良い冒険者だな。追っ払っておいて正解だった」
「貴方、役場の職員!?」
俺も顔を見て驚いた。
なんと、俺達に魔術を使ってきたのは迷子を探して欲しいと言ってきたあの男だったのだ。
「言っておくけど、しばらくこの村に馬車は来ないよ。
何故なら「原因不明の地滑り」で道が埋まってるからねえ、くくっ」
「あっそ・・・・・・」
計画的な犯行、って事か? 何にせよ、ここでこの男を逃す訳にはいかないだろう。
あの男から見えないようにリリアに合図を出す。飛びかかるから魔術で隙を作ってくれ、だ。
「ついでに言うなら、自分は役場の職員どころか村人でも無い。
役場の職員って呼び方は正しくないね」
「そうだろうとは思ってた、よ!」
「『明かり灯す光球』! 今よ、タツキ!」
「くうっ!?」
俺の陰に隠れながら魔術を準備したリリアが男に向かって牽制の魔術を放つ。
突然の光の炸裂に恐慌をきたした男に、持てる力を最大限に活かし飛びかかる。
しかし・・・・・・
「こ、こいつらだ! こいつらは人質だぞ!」
「なっ!」
いつの間にか男の隣にナイフを自分の首筋に当てた女性が二人立っている。
その異常な状況に、男に殴りかかる寸前で拳を止めてしまう。
距離を取ろうと、慌ててバックステップをしようとすると・・・・・・
「動くな! こいつらが首筋を切る前に俺に攻撃なんて出来ないよなあ!」
どうやらパニックで俺が警告を無視して止まらなかったと勘違いしたらしい。
よほど冷静さを失っている、どう言う訳か人質を保有しているこの状況ではかなり危険だ。
「なあ、何で貴方達はこの男の言いなりになっているんだ?」
「何を変な事言ってるの? 愛する人の為に命を差し出すのは当然でしょ、ボウヤ」
「恋は人を盲目にする、って事。ちっとも怖く無いですよ?」
男に直接話しかければ更に刺激するかも知れないので、
自分で首筋にナイフを突き付けている女性に質問すると何ともとんでもない答えが返ってきた。
・・・・・・いや、違うな。これは彼女達の真の意思では無い筈だ。
いつぞやのリリアにも似た酩酊したような瞳だ。しかも、あの時のリリア以上に瞳に光が無い。
「動くなよ、動いたらこいつらは首を切るからな!」
「畜生・・・・・・」
「へ、へへっ。何だ、最初からこうすれば良かったか。
さーてと、焦らせてくれやがって。『引きずり込む狂気』!」
「タ、タツキ!?」
「おい、そこの魔術師もさっきは良くもやってくれたな。お仕置きが必要だな、悪い子には」
リリアにも手を出すと言うのか、ふざけやがって、俺だって手を付けていない、ってアレ?
今、憤慨するべきは、そこじゃない、俺が手を付けられていないこと、それでもない!
さっきから、思考の流れがおかしい、狂気ってこう言う事か、面倒な事を。
面倒と言えば、さっさと女どもを見捨てておけばこんな事には、違う! そうじゃない!
くそ、ふざけるな、こんな事は認めない! いらない事を考えるな、排除しろ!
リリアと男のやり取りも耳に入らず、徐徐に意識が薄れていった。