クエスト4・異邦人と謎の遺跡5
パソコンが壊れてしまい、更新が遅れてしまいました。
楽しんで頂けている方には申し訳無い。
愛想笑いを浮かべながら、いかにも情けなさそうな動作でゆっくりと端へ向かう。
あまりさっさと動けば、あの女に気付かれてしまうと考えたからなのだが・・・・・・
「よーしよしよし。そうだ、そのままそこに留まったままで会話しようじゃないか」
「いきなり、何をしようと言うのかしら? 逃げてるだけにはどうしても見えないんだけど」
訝しげな視線を向けながら、俺の言葉に返答する女。
・・・・・・おい、大丈夫なのかよ。やろうとしてる事の見当はついてないみたいだけど。
早速不安になるが、今更止めれば余計に怪しまれる筈なのでやりきるしかない。
中途半端にやっては意味が無いのだ。
「世の中には人類皆兄弟という素晴らしき言葉がある。
俺達もこの言葉を噛みしめ、無駄な争いは止めるべきじゃないかと思うんだ」
「それ、本気で言ってる? 忌々しいアイツの手下とだなんて虫唾が走るわ!
・・・・・・どうやら、貴方の事を過大評価していたようね」
「ひぃ! すいませんでした!」
よし、怒らせた。卑屈になる事で更にあの女は頭に血が上り、冷静な判断が出来なくなるだろう。
我ながら、巧い演技が出来ているのではないだろうか。まあ、実際少しビビったが・・・・・・
しかしあまり怒らせても、激情のままに襲い掛かってこられたりすると困る。
ギリギリの所で止めておかなければマズイだろうな。
焦ったポーズを取りながら、ゆっくりと、しかし確実に祭壇の端に近付いていく。
ここまで来たら、後はどれだけ自然に下へと飛びおれるかだな。
幸い、あの女はまだ階段を上りきってはいない。
間合いを詰めるとしてもこの距離までの移動は一瞬では出来ないだろう。
「来るな、いや、来ないでください、あっ! 足場がないぞ!」
・・・・・・最後がとてつもない大根役者の演技になってしまった気もするが、
一応は攻撃を受けずに飛び降りる事に成功する。
落ちる最中にある程度取り戻した闇の力で防具を強化、身体強化領域も復帰させる。
咄嗟に行ったこれらの工夫によって、落下のダメージはほぼ抑えられた。
『破壊』のスキルを使わなかったのは、何故か今の俺では出来ないような気がしたからだ。
スキルの使用が解禁されたとは言え、依然真っ向勝負が出来る相手では無い。
ショートソードに闇を纏わせつつも、出来る限りは逃げ延びる為の方法を考えておく。
神殿から荒野に飛び出す。逃げるにしろ戦うにしろ、狭い所では確実に不利になると判断した。
神殿の周囲も小さくは無いクレーターが点在している為、戦いやすい訳ではないが。
「何を始めたかと思ったら、仕切り直しする為の策だったと言う訳ね。
あんな子供だましに引っかかった私もどうかと思うけど」
「演技には少し自信があってな」
「え、あれで? 少なくとも自然にあれをやってる雰囲気では無かったわよ。
命乞いの辺りまではそれなりだったけど。特に最後が思いっきり怪しかった」
「・・・・・・やはり社交辞令だった」
下手に自信を付けさせるのは止めてくれよ、あいつも・・・・・・
あのとき本気で演劇部に入る所だったじゃないか。異世界に来てまで恥をかいてしまった。
身内ではないってとこがせめてもの救いだけどさ。
気落ちしつつも、何をするべきか考える。
さっきも考えていた事だが、直接戦闘は出来る限り避けたい。
しかし、この状況では大きな隙を作らなければ逃げる事もままならない。
やはりここは全力であの女に喰らい付き、退かせるくらいの気持ちで向かっていく必要がある。
あくまで「気持ち」であって、実際に馬鹿正直に向かっていく気は無いが。
粘り強く、そして地味に攻撃をちょっとずつ当てていこう。
「ま、戦う気があるって言うなら受けてあげるけど?」
「いかにも俺の方から仕掛けてきたみたいな言い方しないでくれ。
俺に戦う気が無くても攻撃する気だったろ」
「それはそうなんだけど、ね!」
「くっ・・・・・・」
相変わらずの速度でドロップキックをかましてくる。
一度その恐ろしさは身をもって感じているので、何とか反応し闇で強化した手甲で防ぐ。
反応して防いだ事に一瞬驚いたようだが、隙らしい隙は見せずすぐに追い打ちをかけてくる。
ローキック、膝蹴り、左ストレート、右フック、左アッパー、頭を狙った飛び膝蹴り。
鉄の防具に対して生身で攻撃しているのだから、むしろ向こうの方が痛そうな気もするのだが。
俺と同じように、スキルで体を直接強化しているのか?
「中々やるじゃない。そうで無ければ面白くないんだけど」
「俺の頑張りに免じて、ここを引いてもらえないかな」
「私にも都合があるの。ゴメンね?」
わざとらしくウインクしながら、全く悪いとは思っていなさそうな雰囲気で返してくる。
くそ、不味いな。あいつのペースにハマりつつある。この状況が一番最悪のパターンだってのに!
紙一重で急所への打撃こそ防いでいる物の、いつまでも防げる訳では無い。
この危機的な状況を打開する為、全身から攻撃能力を持った闇の力を解き放つ。
たった今思い付いたぶっつけ本番の技だが、何とか俺の狙いは成功したらしい。
あの女は大きく跳び退り、一時的に距離が離れる。
「ここではそこまでの闇を生み出す事は出来ない筈なんだけど・・・・・・
あの時の干渉で強化されたのは『闇』のスキルみたいね」
「あんたはあの声の内容に見当がついているのか?」
「まあね。私の力だって、最初からここまで強かった訳では無いし。
この戦闘技術こそ自分で修練の果てに身に付けた物だけど」
「要するに、あんたもさっきの俺のような強化を受けた事があるってか」
しかしそうなると、あの声は特にムンドゥスの側に立っているのでも無いのか。
ムンドゥス程の存在ですら思い通りにする事が出来ず、更には敵味方の区別が無い。
・・・・・・完全に超越した存在って事じゃないか?
「名前とか、知ってるのか?」
「知らないわね。
文脈的に名前を言っているであろう場面は分かるんだけど、どうしても聞き取れない」
「検閲削除みたいだな」
あのゲームの影響で、どうしても検閲削除って言うと某邪神が浮かんでくるんだが。
そんな事を考えていると、あいつが戦闘態勢に入った。もう少し会話で時間を稼ぎたい。
まだ、ここをどうやって乗り切るかの策が練りきれていないのだ。
「まあ今はどうでもいいでしょ、そんな事」
「いや、よくないな。
ここで俺が勝つにしろ負けるにしろ、コレはあんたからしか聞けない事だ。
俺、分からない事とか嫌いでね」
「貴方が嫌いな事なら、喜んで黙っていてあげようとも思うけど・・・・・・
私も「彼」を倒してから話し相手がいないままで退屈だったのよね。
分かる範囲で教えてあげる。でも・・・・・・」
あ、なんかヤな予感が。武器だけでは無く防具にも闇を纏わせ、咄嗟に戦闘態勢に入る。
「私の攻撃に耐えられたらね!」
「やっぱりな、そういう流れだと思ったよ・・・・・・」
またもや突進してくる女。いい加減俺も目が慣れたと言うか、ギリギリではあるが反応する。
あの女も受け止められる事は織り込み済みのようで、驚きの表情も見せず追撃してくる。
さっきの焼き増しのような光景ではあるが攻撃の鋭さが違う。
最初の一撃こそ大して苦も無く防御したが、フェイントを組み入れスピードも更に増している。
俺の技量では凌ぎ切る事が出来ない。それでも保っているのは防具を闇で強化したからか。
かなり危ない所にも打撃をもらっているのだが、致命傷には至っていない。
だが、危険である事に変わりはない。直接戦闘では格が違い過ぎる。
「その姿・・・・・・「彼」を思い出すわね」
「「彼」? ああ、確かに今の俺は似ているのかもしれないな」
自分の姿を鏡に映した訳ではないから正確な所は分からないが、
この黒くてゴツゴツした全体的に禍々しい形状は「彼」の鎧や兜のデザインに近いかもしれない。
・・・・・・もしかして、剣だけでなくあの鎧も自前だったのか?
「ある程度は耐えているし、教えてあげる。
あの声は、貴方に力を与えた空間神気取りや私に力をくれた創造神をも超えた存在。
あらゆる価値観を無視して、ただそこに在る「情報そのもの」らしいわ」
「また随分大層な物が出て来たな」
少しでも話に意識を向けてくれるのはありがたいのだが、攻撃は止まらない。
ちょっと予想とは外れているが、完全に策が成功するとも自惚れてはいない。
このくらいなら計算の範囲内、と言った所か。俺自体も意識を向けすぎない程度に相槌をうつ。
「それにしても、何でまたそんな物が俺達の力を強化するんだ?
それこそムンドゥスやらの領分じゃないのか」
「ムンドゥス? ああ、貴方にはそう名乗ったのね。
それにしても「世界」だなんて思い上がった名前を良く名乗れた物ね」
「ん? ムンドゥスってのはアイツの本当の名前じゃ無いのか」
「アイツの本当の名前はもっと言いづらくて説明しづらい、ややこしい物よ。
で、貴方の疑問に答えるけど、全ての力を管理している存在だから・・・・・・みたい。
これ以上詳しい事は分からないのよ」
「おおかた、力を持つにふさわしいかどうか最終判断を下してるって事か」
「そういう事になるんじゃない?」
し、しまった。会話の話題が尽きてしまった。これ以上の攻撃には長く耐えられないぞ。
向こうから話題を振ってくるのではないかと淡い期待も抱いたが、そのつもりは無いらしい。
それはもうニッコニコしながら、決定的な言葉を放つ。
「さて、冥土の土産は出来たわね。おめでとう、死ぬ前に分からない事が少し減ったわよ」
「・・・・・・もっと色々な事が知りたいです」
畜生、本気でまだ知りたい事とかやりたい事が沢山あるんだ。
もしも墓石に「女性に殴られて死亡」とか書かれたら、恥ずかしくて死んでも死にきれない。
ここで死んだら誰も墓なんて立てないだろうとも思えるが、この女ならやりかねない。
明らかにスピードの上がった猛攻に、必死になって対抗する。
・・・・・・何か、字だけで考えると必ず死ぬ、みたいで嫌だなあ。
「うおお、背水の陣だ!」
「貴方一人で陣?」
あれ、この会話の流れどっかであったような?
変な疑問が浮かんできたが、とりあえず無視してパンチやらキックやらを叩き落としていく。
スキルが強化された事が影響しているのか、必死だからなのかは分からないが、
何とか攻撃を防御し、動きに喰らいついていく事は出来ている。
一発でも急所にもらえば良くても気絶なんだから、生存本能全開なんだろう。
「うーん、無意識に闇の力を身体強化にも回しているのかしら?
徐々に攻撃を弾く腕力や、フットワークの時の脚力が増していってるけど」
何気に気になる事を言っているが、気にしている余裕が無い。
向こうは攻撃しながら喋る程の余裕があるようだが、こっちは喋ったら舌を噛みそうだ。
心臓の辺りを狙った右ストレートを左腕の手甲で受け流し、首筋にショートソードを振るう。
女はしゃがみ込む事でこれを回避。同時にその低い体勢から足払いをかけてくる。
間一髪で反応できた俺は、剣を振るった不安定な体勢からではあるが全力でバックステップ。
しかし、着地する時の無防備な瞬間に合わせるようにして突進してくる。
剣や防具での対処は不可能と咄嗟に判断、球状の闇を放って牽制する。
この反撃にも気にしたような素振りは見せず、闇に向かって突進の勢いを込めたパンチを当てる。
ばちん、と見事な音を立てて闇が拡散していく。
「おいおい、嘘だろ・・・・・・ワイバーンだって当たれば悶絶するんだぞ」
「なら、そのワイバーンが貧弱だったんじゃない?」
「いや、ワイバーンが弱いとかじゃなくてあんたが特別なんだ・・・・・・」
くそぉ、この突進バカめ。初対面の時から距離を詰めるのは全部突進じゃないか。
あげく巨大なモンスターですら当たれば相当なダメージになるこの攻撃を力尽くで防ぐとは。
俺の闇の力、本当に強化されてるんだよな?
「攻撃として使ってきても防げるにしろ、その闇の力は厄介ね。無駄に戦闘が長引くし。
面倒になってきたから、そろそろ終わらせるわ」
どこからともなく何の変哲も無い長剣を生み出し、それに光が纏われていく。
・・・・・・まさか、これって。
「『創造』のスキルで生み出した剣を『光』のスキルで強化する。
何も武器の強化は貴方の専売特許じゃ無いわよ? むしろ本来の戦い方はこっちだし」
「ちっ!」
いかにもな形状になった光り輝く剣を両手で構え、突進の勢いを乗せて突いてくる。
剣の軌跡がうっすらと光のラインを残し、外見と相まってまるで聖剣のようだ。
・・・・・・それでも突進は変わらないのな。
あくまで突きなので、攻撃としての有効範囲自体は広くない。
よって無理な回避体勢はとらず、体の軸をずらしてカウンターを決める事にする。
この調子では、逃げてばかりでも埒があかないと判断した。
勝負を決める一撃になる可能性もあるため、しっかりと集中しタイミングをあわせる。
攻撃のくる場所、瞬間を見極めーーーーーーそこだっ!
「残念、やろうとしてた事は最初からバレてるの。私がそういう風に誘導したんだけど」
「がっ!?」
俺の攻撃が届かない範囲で急停止。
勿論その動きに対応出来る訳も無く、カウンターになる筈だった剣は虚しく空を斬る。
外れた勢いで完全に体勢が前に崩れた俺に向かって、大上段からの袈裟斬りを仕掛ける。
あの女の策に引っかかった事に気付き、何とか身をよじって回避を試みるが・・・・・・
「がっ、ぐ、う、くうぅ!?」
「あら、止めをさすつもりだったのに。致命傷だけは何とか避けたのね」
そう。確かに「致命傷には」なっていない。
だが、今までどんな危機的な状況においても壊れなかった、闇で強化した防具が。
「何故、壊れ・・・・・・!?」
「別に不思議でも無いでしょう?
いくら強化されたと言ってもまだ私の光に対抗できる程の闇じゃ無い。
光と闇はお互いに反発しあう性質を持っている。弱い方の力は一方的に打ち負けるわ。
実質この剣にとって、貴方の闇なんて何の障害にもならない訳。分かった?」
「・・・・・・どこからが、お前の策だった?」
「この剣を構えて突進する所から。
何度も貴方に見せていたし、また突進だと判断するでしょうからね。
それを逆手にとったわ」
くそ、鎧は完全に壊れてしまったし、もう防御も意味を成さない。
一撃で即死になる今の状況では、回避だってその内限界が来る。
いや、諦めるな。まだ剣はあるんだ、油断している今のアイツになら・・・・・・
「あ、手が滑っちゃったー」
「!?」
どう滑ったらその速さになるんだと言いたい速度で剣を突き、俺の剣をバラバラにする。
「ざーんねん。貴方の考えそうな事なんてお見通しよ。
潔く諦めた様子や逃げ出しそうな様子でも、したたかに反撃の機会を狙うのは知ってるから」
どうする!? 防御手段は失われ、攻撃手段も無い。
魔力も回復していないし、この距離では闇を球状に放とうとしてもアイツの攻撃の方が速い!
くそ、何かある筈なんだ、この状況でも生き残れる方法が! 最後まで諦めねえぞ!
「そう言えば、貴方の名前聞いて無かったわね。私はフィア・エリアル。貴方は?」
「・・・・・・安藤、樹」
「アンドー・タツキ・・・・・・この世界で言えば、タツキ・アンドーか。
さよなら、タツキ。貴方の名前、覚えておいてあげるわ」
そして、剣が振り上げられ・・・・・・腹に剣が、突き刺さった。
フィアの、腹に。
「なっ、ぐう!?」
「俺の事分かってたんじゃ無いのか? どんな危機的な状況でも反撃の機会は狙ってんだ」
形を維持出来ず、拡散していく闇の短剣から手を離す。
ついでにフィアの剣を奪い、光を闇で上書きする。
注ぎ込まれる量の違いか、何とか強力な光の力を打ち消した。
「闇を注ぐ媒体も無いのに、なんで・・・・・・!?」
「別に媒体が無くても、武器の形にするくらい出来るさ。
すぐに消えてしまうが、油断している相手に対して攻撃する手段としては十分だ。
じゃあな、フィア。名前は覚えておいてやるぜ?」
この性質は初めての冒険の時、既に知っていたのだが。
フィアは知らなかったのか? それとも闇の力だけの性質なのだろうか。
「誰が、こんな所で死ぬものですか・・・・・・!」
「ああ、死なないようにしながら逃げな。そして今度こそ俺の前に姿を見せるな!」
脂汗を流し、真っ赤なドレスを更に紅く染めながら、自らの下に光で扉のような物を創る。
鬼気迫る表情でこっちを睨み付けてきたので、俺も睨み返してやる。
扉へフィアの姿が完全に消えるまで、互いにそうしていた。
「ふー、気持ち悪い・・・・・・」
モンスターでは無い、生身の人間を貫く感触は全身に寒気が走り、吐き気がした。
何より、迷いなくそれを実行した自分が怖い。
まあ、向こうだって殺す気で攻撃してきたんだから、正当防衛だと自分を誤魔化す事は出来る。
「フィア、死なないよな・・・・・・」
ここはアイツの拠点に近いだろうし、考え無く逃げた訳でもないだろう。
もし、死んだとしたら・・・・・・俺を殺そうとしてきた報いだと思ってもらうしか無い。
拳を強く握りながら、人殺しになるかもしれないという可能性を頭から必死で振り払うのだった。