クエスト3・異邦人と魔術学校8
部屋のドアを叩く音がする。
昨日は晩飯を食べた後、雑念が起こらないように早く寝たのでこの音ですぐに目が覚めた。
「そろそろ起きた方が準備に焦らなくてもいいと思うわよ、タツキ。
リリアも起きてきたし、朝の食事も始まるわ」
「はい」
寝起きなので無愛想な返事になってしまったが、しかたないだろう。
寝癖のついている髪の毛を撫で付けながら着替える。
一分とかからずに身仕度を整え終えて部屋を出る。
レナさんはこの間、部屋の外で俺を待っていてくれたようだ。
俺が出てきたのを見て、レナさんは絨毯の敷かれている廊下を歩き始めた。
このまま食堂に直行か、と思っていると唐突に話しかけられる。
「歩きながらで悪いんだけど、昨日分かった事を伝えておくわ」
「あ、お願いします」
「まず、あの4人は全員学生だったわ」
「やっぱりそうでしたか・・・・・・
動機は大体分かるので、何をしようとしていたのかを教えてください」
「最初にリリアへ『刷り込み』の魔術を使用し、戦闘不能にさせる。
その次はあなたをいたぶって気絶させ、二人をアジトに連れていく。
リリアの好意を自分達に向けさせた後、集団で強姦。
リリアと口裏をあわせた上で適当な場所に放り出しておく。
全部の罪をタツキに被せる・・・・・・と、こういう計画だったらしいわ」
「しゃ、社会的抹殺とか・・・・・・マジ震えてきやがった」
勿論、リリアに対してそんな外道な事をしようとしたと言うのにもかなり憤っているのだが。
もし奴等の計画が成功していたら、間違いなく俺の冒険者としての信用は地に落ちる。
戦闘経験を積むのも難しくなり、脅威とやらも倒せなくなる。
まさかムンドゥスも俺が社会的抹殺で使命を果たせなくなるとは思っていないだろう。
・・・・・・想定して救済措置を用意していたら、それはそれで嫌な気もするが。
つーか、いくらなんでもえげつなさすぎるだろ。昨日少し同情してしまったが、あれは撤回する。
「そういえば、あいつらはどうなったんですか?」
「最初は全然まともな会話にならなかったけど、少し可愛がってあげたら
とても聞き分けのいい、従順な性格になってしまったわ。何故かしらね?」
フフフ、と本当に綺麗な笑みを浮かべながら言うレナさん。
・・・・・・レナさんがこの話題以外で笑う光景、想像が出来なくなってしまった。
ああ、まだ聞いておきたい事が残っている。
内心びくびくしているが、重要な事なので聞かない訳にもいかない。
「リリアはどうなりましたか? まだあいつらの魔術の効果が残っていたりはしませんか?」
「『刷り込み』の魔術? あれはそう簡単に効果が消える物では無いのよね・・・・・・
だからこそ使用が禁止されている程の、危険な魔術だから」
「・・・・・・なんて厄介な」
「まあ、なんとかなるとは思うわよ?
好意を向けるからこそ、あなたの迷惑になるような行動はしないでしょうし」
「・・・・・・俺がリリアに手を出すとは考えないんですか」
「それなら昨日の時点で既に問題が起きちゃってるでしょ。
私は直接見た訳じゃないけど、メイドが言うには紳士的に応対していたようだしね」
「どこに行ったのかと思ってたけどあのメイドさん、隠れて見てたのか・・・・・・」
「私にリリアの事を報告しようとして、様子がおかしかったから確認する事にしたらしいわ。
・・・・・・それにしても」
そこで一旦言葉を切り、立ち止まって俺の顔を正面から見るレナさん。
「家族をこう言うのもおかしいけど、リリアはそれなりに容姿も整っている方だと思うわ。
これまで命がけの冒険を共にしてきて、その上昨日の出来事。
タツキも男だし、何かあってもおかしくないと思うんだけど・・・・・・」
「・・・・・・ああ、そういう事ですか。
確かに俺はリリアにある程度の好意を持っていますし、昨日はかなり驚きもしました。
ですがあれは魔術によってねじ曲げられた故の行動で、リリアの意思その物ではありません。
それで手を出してしまったら、結局はあいつらがやろうとしていた事と同じになります。
俺はそんなのごめんですからね」
これは昨日既に考えた事だ。
『刷り込み』の魔術について調べてあいつらの狙いの一部は見当がついた時、
自惚れでなければ普段から好意を向けてくれるリリアにいくら俺が使った物でないと言えど
精神操作魔術なんて卑劣な手段で手を出すのはあいつらと同じではないか、と。
・・・・・・まあ、俺のヘタレな部分が「ヤッた後どうすんだ」と訴えていた事もあるのだが。
「・・・・・・リリアは本当に良い冒険者に巡りあったわね」
「良い冒険者って言われても、あんまり大したことないんですが」
「あなたが言ってるのは戦闘能力の事?
それはそうよ、なって二ヶ月にもならない冒険者がベテランに敵う筈もないんだから。
私が言ってるのはタツキの性格や考え方の事。冒険者としてはかなり珍しいわよ」
そういえば、ルイセさんもそんな事言ってたな。
俺は普通と思っているんだけど、そんなに冒険者っていうのは自分に正直な人が多いんだろうか。
まあ、まともに性格を知ってる冒険者なんてグレイアさん達ぐらいしかいないけど。
「単に臆病なだけですよ、レナさん。今の関係やらを壊したくない、それだけの理由です」
「そうは言うけどね・・・・・・目先の得や欲望に目の眩みやすい冒険者も多いわよ。
特に駆け出し冒険者なら尚更。ベテランになればなるほど、そういう輩はいなくなるけど」
「はあ・・・・・・ところであいつらは今どこにいるんですか?
それと、逃げたヤツの手がかりはありませんか」
褒められまくる今の状況が少し恥ずかしくなり、かなり強引だが話題を変える。
レナさんは俺の心境に気付いたのか分からないが、すんなりこの話題に乗ってくれた。
結構重要な事だから、話さない訳にいかないというのもあるんだろうけど。
「あの四人は家に帰したわ。私の命れ・・・頼みがあるまでは普段通りに生活しろと言い付けて。
逃げたのは、今回の襲撃のリーダー格でシグ・ゴーツという名前らしいわ。
学生のようだから、もしかしたら今日何か行動を起こしてくる可能性もあるわね」
「面倒だな・・・・・・」
いくら実行犯を掌握したとしても、リーダーが残っているなら解決にならない。
昨日の様子だと俺に害意を持っている学生は非常に多いみたいだしメンバーの補充も簡単だろう。
・・・・・・リーダーが次々出てくる可能性もあるが、今の時点でそこまで考慮すると
ストレスで胃に穴が空きそうだ。気にしないことにしよう。
「そろそろリリアが待ちくたびれてる頃でしょうし、急ぐわよ」
何かが気になったのか、唐突に懐中時計を取り出したレナさんは少し焦った様にそう言った。
そういや、俺もリリアが既に起きてるということをすっかり忘れていた。
しかし何でそこまで焦る必要があるんだ? 大して時間はかかってないだろうに。
・・・・・・この時の俺はそんなのんきな事を考えていた。
しばらくして食堂の前に到着した。
何故かレナさんは少し遅れてついていくと言っていたので、今は一人だ。
食べ物の匂いがしてきたので、腹をなでつつ中に入る。
「今朝の飯は・・・・・・っと」
リリアは既に席についていて、俺達の到着を待っていたらしい。
それにしてもこのテーブル、三人で使う分には大きすぎる気がするんだよな。
まあそれを言ったらこの食堂、いやこの家自体俺にはデカすぎる。
映画やら何やらで見た中世ヨーロッパ貴族の屋敷然とした造りだ。
少なくともこの国には貴族制度は存在しないみたいだけど。
食事が用意されたテーブルに行儀良く待機しているリリアに質問する。
「えーっと、何かおかしい所ないか?」
「おかしい所って何よ・・・・・・いつも通りのあたしよ」
なんだ。レナさんが言うほどでもないじゃないか。安堵しつつ俺もテーブルにつく。
と、何やらリリアが震えている。具合でも悪いのかと心配になって声をかけた。目と目が合う。
「どうした、リリア? メイドさんでも呼ぶか?」
「あ・・・・・・」
リリアの顔が、蕩けた。
「ねぇタツキ、お姉様が起こしに行ってから時間がかかったけど、どこでなにやってたの?
私よりもお姉様の方がタイプ? どの部分が良いの? 教えて、がんばるから」
「い、いや、ちょっと待て、落ち着け」
俺の顔を見た瞬間、昨日のような態度になったリリアに面食らう。
・・・・・・そうか、レナさんはこの事を言ってたのか。
「こ、こほん。・・・・・・ごめんタツキ。昨日変な夢見てから何かおかしいの」
「変な夢?」
「うん。あまり覚えてないんだけど、あたしがタツキに・・・・・・って、何言わせるのよ!?」
「そう言われても内容知らないし困るんだけど・・・・・・」
実際は内容を知っている所か、そもそも夢ではないのだがそれは言わないでおく。
細かい所は記憶に残っていないようだし、夢だと思っていてもらった方が面倒ではない。
一応この様子を見るに、昨日よりは大分マシになっているな。
突発的におかしくなるみたいだけど自分で気を取り戻してるし、普通に受け答えもできている。
まあ、向こうでくっつかれたら大変な事になるだろうけど。
少したってレナさんが入ってくるまで、俺はそんな事を考えた。
さて、食事も終わり準備も整え今日も二人で学校に行く事になった。
俺一人なら向けられる害意も少ないだろうけど、昨日の襲撃を考えるとリリアの身が心配だ。
バラバラに行く訳にもいかないだろう。
「ごめんね、自分でも本当に何でか分からないんだけどこうしてたいの」
「・・・・・・これくらいなら、構わないよ」
今俺はリリアと腕を組んで歩いている。どちらかと言うと、リリアが腕を抱きしめる形だが。
遂に学生以外の男性にも害意を向けられたが、昨日を考えれば腕を組むぐらい大人しい方だ。
向けられる害意に大分慣れてしまった事もあり、気にせずさっさと進む。
ここで少しぐらいリリアの好きにさせてやらないと学校でもう我慢の限界とばかりになりそうだ。
そう考えてある程度は自由にさせ、学校では駄目だからなと言い聞かせる。
多少不満があったようだが、俺の機嫌を損ねたくないらしく素直に頷いた。
・・・・・・やっぱり、どうにかして元に戻してやらないとな。
普段から弱気になっている時はこっちの顔色を伺う傾向が合ったけど、今は更に悪化している。
昨日も考えたが、俺は依存される関係を望んでいる訳ではない。
「あら・・・・・・これはまた」
「ああ、カレンか。おはよう」
「おはようございますわ、タツキさん♪」
「!!」
リリアの歩く速度に合わせて進んでいると、曲がり角からカレンが現れた。
俺の腕をぐいぐい引っ張って幸せそうに歩くリリアを見て驚いていたが、気を取り直したのか
リリアを挑発するように、俺へ向かって初対面の時のような魅力的な笑顔で挨拶を返す。
それに過敏に反応したのは、俺ではなくリリアの方だった。
不安そうに俺を見上げ、カレンを睨んだ後に自分の頬を触り、またもや不安そうに俺を見上げ。
流石にカレンもこの反応は予想外だったらしく、目を丸くしている。
「1日で骨抜きにしてしまいましたの? 随分な手練手管をお持ちのようですわね」
「そんな軽い男みたいに言わないでくれ。これには深い理由があるんだ」
「・・・・・・ぁ!」
よくもまあリリアの性格をここまで変えた物だと、ある種尊敬のような視線を向けてきたので
それは誤解だという事を伝える為、リリアをできる限り優しく離してカレンに近づく。
レナさんも事情を伝えていないようだし、リリアに聞かれたらマズイかなと思って行動したのだが
これにリリアはかなり動揺してしまったようだ。
「あ、あの女の方が良いの? 私じゃ、ま、満足させてあげられない?」
「大丈夫大丈夫、やればできるやればでき・・・ってこれは少しシャレにならないな。
大丈夫だリリア、ちょっとだけ話してくるだけだから。お前が心配しているような事はない」
ここでカレンが口を開きかけたが、話が拗れると思い直したのか結局は喋らなかった。
正直、カレンがリリアを挑発したらかなり面倒な事になるので助かった。
「本当に?」
「ああ、本当だ。・・・・・・ついでにこれは独り言だけど、聞き分けの良い人がタイプかな~」
「よし、待ってるから早目に用事を済ませてね。遅刻しちゃうし」
「・・・・・・単純ですわね」
本当なら今みたいな俺に好意を向けている状態を利用するような事はしたくないが、
動揺したリリアを手早く落ち着かせるためにはこの方法が一番だと思って実行した。
俺の読みは当たり不安気な表情は消え、そのくらいどうという事はないと言うような態度になった。
・・・・・・カレンが小声で呟いた言葉は聞こえなかったようだ。
不思議そうな顔で説明を求めるカレンに、襲撃された事を含めて昨日起こった事を話す。
まあ、半裸になったりしたのはリリアと俺の名誉にかけて黙っていたが。
「下種な男が居たものですわね」
「結構容赦無いな・・・・・・同意するけど」
「リリアに限らず、女性をそんな風に扱おうなんてどうかしてますわ。
そういう事はせめて妄想に留めてもらいたい物ですわね」
「妄想だったらいいのか?」
「想像するだけなら自由ですもの。
それまで禁止したら尚更現実に実行しようとする堪え性の無い馬鹿が増えると思いますわ。
妄想でどれだけ貞操を汚されようと、現実には影響しませんしね。
いい気分にならないのは確かですけど」
「貞操って・・・・・・ぶっちゃけたな」
「い、一応言っておきますけど、喋っていてかなり恥ずかしい話題なんですからね!
慣れてるとか、品が無いとか、そう言う誤解はしないでくださいね!?」
「分かってるよ、そんな事は思ってない」
この街に来るときの馬車で、根はおしとやかだって知ってるからな。
それに、この話題を出したからって下品だって事は無いだろうし。
ともかく納得してくれたようなので、リリアの所に戻る。
「思ったより早かったね。まあいいわ、さっさと行きましょう」
「あなたがタツキの腕を離せば今よりずっと早く歩けるのではなくて?」
「何よ、自分が腕を組みたいからってそうはいかないわよ」
「そんな事は一言も言ってないのですけど、それも楽しそうですわね」
「ああ、余計な事喋っちゃった!?」
しかしこの二人は顔を合わせればすぐにこうなるな。
でもなんだかんだで直接手出しはしてないし、本当は仲良いんじゃないか?
リリアの意識も今はカレンに向いているし結構楽しそうに見える。
仲良き事は美しき哉、なんて年寄りのような思考をしつつ俺はこれからの事を考えていた。
・・・・・・詳しくは覚えてないが、シグ・ゴーツって言う奴は学生の試合に出ていた筈だ。
生憎勝ち負けは忘れてしまったけど、勝っていたら今日の試合にも出る筈だから問い詰める。
もし負けていたとしても、何とかして探し出す。
惚けられたらレナさんの所に連行するかな。いや待て、リリアに外道な事をして、
俺にはかなりえげつない計画で陥れようとしてくれた罰だ、似たような事をしてやろうか。
今から楽しみが広がるぜ。
「今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!」
「な、なんですの突然!?」
「いい加減慣れなさいよあんたも・・・・・・あぁ、でもまだ二回目か、それは慣れないわね。
というか、アシュラって何?」
「抱き締めたいな! リリア!!」
「ホント!? な、なら人通りの少ないところで・・・・・・」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ変態発言ゴメンナサイ」
「え? 冗談だったの?」
「・・・・・・私、タツキさんがよく分かりませんわ」
やべえ、日本だったら公然猥褻罪で捕まりそうなセリフが出てしまった。
いくら冷静さを失っていても肖るセリフは選ばないとなぁ・・・・・・
大体にしてこの人のセリフはアレな物が多いじゃないか。カッコいい燃えるセリフもあるけど。
でも、それを言ったら赤い彗星だってアレなセリフあるなあ。
・・・・・・今度こそ、自重しよう。
真面目に決めようとして、最後で台無しにしてしまった俺だった。
今回は文書量が多くなったわけでもないのに投稿が遅れ、冒険もバトルもしていません。
非常に申し訳ない。