8.父と子の葛藤
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「あなた、これからどうするの?勝てないからって、黙って見てられるような人じゃないことは、私がよくわかってるつもりだけど。」
母さんは、父さんの頭をやさしくなでていった。
「当たり前、何もしないわけがないだろう。勇者は、あいつはあいつなりに、やれることをやるらしいからな。俺も黙ってみてるわけにはいかない。」
父さんはグッと拳を握った。
「勝ち目はないかもしれないが、戦う前から怖気づいてたら話にならねえよな。一か八か、やれるだけやってみるか。」
「わかってるとは思うけど、なにより命を大事にしてね。死んじゃったら元も子もないんだから。危ないと思ったら、直ぐに逃げてね?」
「わかってるさ」
父さんは、優しく微笑みながらそういう。その目を見て、父さんのやろうとしていることを理解した俺は、父さんの前に立ちふさがった。父さんを行かせてはならない。俺の感がそう告げていた。
「イグニ?」
「・・・父さん、何をするつもり?」
「何って、さっきの聞いてたろ?魔王を止めに行くんだよ。」
「勝ち目はないって自分でも言ってるのに、何か策でもあるの?」
「お、わかっちゃう?その通り、実はとっておきの策があるんだ。普通に戦っても勝ち目はないがな、封印してしまえばこっちのもんだ。」
父さんは親指を立てて、そういう。
「封印?封印の魔法なんていつの間に覚えたの?」
「今まで一回も使ったことはないが、昔から使えた魔法ではあるんだ。使いどころがなかっただけで、隠してた訳じゃないんだけどよ。先祖代々受け継がれている、一子相伝の大魔法さ。イグニもいつか使えるようになるよ。」
父さんはあっけらかんとそう答えた。その話が本当なら、確かに魔王を止めることはできるだろう。俺は再度、父さんの目を見る。・・・やはり、このままいかせてはいけない。
「悪いけど父さん、その魔法を使わせるわけにはいかないよ。たとえ本当に、それで魔王を封印できるとしても。」
「はあ?なんでそんなことを」
父さんの言葉をさえぎって、俺は真っ直ぐ目を見て言った。
「それさ、自分の命と引き換えに封印する魔法なんでしょ?違う?」
俺がそういうと、父さんはピタッと固まり、そして俺から目をそらした。俺が父さんから感じていた違和感。雰囲気は今まで通りだが、目の輝きがなく、濁って見えた。
俺は、あの目を知っている。何を隠そう、前世の俺と同じ、死を覚悟したものの目だ。
「あ、あなた?まさか、そんなことはないわよね?」
母さんが震えた声でそう聞くが、父さんは母さんのほうをちらりと見て、何も言わずに俺のほうへ向き直った。
「イグニ、お前どこでそれを知った?」
父さんは少し怒りの表情を見せながら、そういった。驚いたな、どうやら本当に術者の命を犠牲にする魔法だったらしい。
「確証はなかったよ、なんとなくそんな感じがしただけ。でもそれが本当なら、絶対にその魔法を使わせるわけにはいかない。」
「今となっては、俺以外知らないはずの大魔法なんだがな。お前の言うとおりだよ。こいつは、術者の命を代償として、術者ともども対象を封印する魔法だ。封印の期間は、術者の寿命が尽きるまで。これなら、魔王だろうと封印できるはずだ。わかってくれ、勝てない以上、これに賭けるしかないんだよ。」
父さんはそう言って、また俺から目をそらした。
「わかってたまるか。なんで父さんが犠牲になる必要があるんだよ。」
「俺は勇者パーティの一員なんだぞ。命を懸けてでも守らなきゃならないものがあるんだ!」
それを聞いて、俺はいてもたってもいられず、気づいた時には父さんの胸倉をつかんでいた。身長差があるせいで、父さんを下へ引っ張る形になってしまっているが。
「あんたは勇者パーティの一員である前に、俺たちの家族だ!母さんの夫で、俺とユイナの父親だ!あんたが命かけて守るべきなのは、他人の前に家族だろうが!!履き違えてんじゃねぇ!!」
「い、イグニ・・・?」
「俺は家族を失いたくない!!頼むから・・・みすみす命を捨てに行くような真似をしないでよ・・・」
俺は父さんから手を放し、その場に崩れ落ちた。これは俺のわがままで、父さんは勇者パーティの一員としての責任を果たそうとしているだけ。それははわかってるけれど・・・俺はその行為を、許すわけにはいかなかった。家族をないがしろにするような行動を、父さんにしてほしくなかった。
「・・・ごめんな。」
父さんはそういって、優しく、俺を抱きしめるのだった。
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