56.あの日の一部始終
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いじめっ子を殺したあの日も、こいつは今のように、俺の脳内に直接語り掛けてきた。赤く染まった自身の手をみて震えていた俺に、こう声をかけてきたのだ。
"よくやった。これでお前はもう、やられるだけの弱虫ではない。今こそ全てを投げうち、復讐の鬼となるのだ。"
この声が聞こえてから、俺は自分が自分でなくなった。意識はあるが、自分の意志とは無関係に、体が動く。まるでゲームのキャラクターのように、誰かに操られているような、そんな感覚だった。
俺の体は、いじめっ子の親が務める会社へ動き、そしてナイフ片手に会社へと突っ込んでいた。
その十数分後の景色が、あたり一面血の海が広がるオフィスだ。鼻をつんざくような、ひどい血の匂いがする。あの光景は、今でも脳裏に焼き付いている。
その光景を目の前に、俺の声で、俺の内側から、俺以外の何かが笑いながら言っていた。
"これでいい、これが貴様が......いや、俺が望んでいたことだ。これで復讐は完了した、全てを捨ててやり遂げたのだ。どうだ、気持ちよかろう?"
と。自分の思うように体が動くようになったのは、それからだった。
確かにやつの言う通り、俺は後悔など決してしていなかった。むしろ心地よいとさえ思っていた。けれどそれは、現実を直視したあとで、だんだんと薄れていった。
復讐はなされた。しかしながら、その果てにあったのは、どうしようもない孤独感、何かがすっぽりと抜け落ちたかのような空虚感、妹に対する罪悪感。それら3つの感情だけだった。
復讐を終えた直後、あれだけ満たされていたはずの爽快感と達成感は、いつの間にか消え去っていた。
「自分のしたことに後悔はするな。たとえそれが失敗であっても、後悔だけはしちゃいけない。後悔は、その過程を、その行動をすべて否定することになるからな。」
酔っていた父さんが、俺の頭をなでながらよく言っていた言葉。その言葉は、今でも俺を支えている。だから俺は、後悔だけはしない。
......けれど
"おいおい、本当にどうしちまったんだ?あの時の貴様はすごく輝いていたぜ?ギラギラと目を輝かせて、次々と人々に襲いかかってなぁ。ありゃそこらの獣よりも獣だったぜ。"
「黙れ......っ!」
"黙らねえよ。お前がまた、自分の気持ちに素直になるまではなあ?そら、体の力をゆっくりと抜いて、何も考えず、自分の欲求に素直になんだよ。そうすれば、すべて簡単に......"
「黙れよ......!」
俺は頭を抱えながら、歯を食いしばる。もう、楽な道には逃げない。誘惑に負けず、自分の気持ちに程よく折り合いをつける。それができて初めて、人は人であると胸を張って言える。
「俺は、人間だ......化け物に成り下がってたまるか......!」
後悔はしない。けれど、反省はする。反省して、次に生かす。
それが、俺の出した答えだった。
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