55.次の町へ
☆☆☆
近くの町で一泊した俺たちは、早々に町を出た。またいつ魔王軍が攻めてくるかわからない状況だ、仕方ない。
先日大激闘があったあの場所からあの町はそう離れていない。四天王がやられたことも、既に魔王軍に伝わっているだろう。できるだけ、1つの場所に長居しないほうが得策と判断したのだ。
何より、俺たちの目標は魔王討伐。向こうからちょっかいかけられるまえに、さっさと魔王のもとへ向かうべきだ。問題は、戦闘になったときに、今の俺たちに勝ち目があるかどうかだが......。
「次の町は、ここから川を越えた先。魔王が居座る場所からみて、人間が住む最後の町といっていい。」
「え、それほんと?確かその先にもう1つ町あったよね?ほら、確か観光名所にもなってた、巨大な像が建てられている......あ、ほらここ。」
シエルさんが地図を指さしながらそういう。彼女のいうとおり、確かにその場所に町はある。魔王が討伐され、平和が訪れた時に、それを記念して建てられた平和の像は、一大観光名所になっているほどだ。
......けれど、その町は。
「......その像が健在だったのは、1年前までだ。魔王が復活し、魔王軍の勢力が増大した時に、真っ先に目をつけられたのが、その町だ。魔王が討たれた象徴を堂々と掲げていれば、目を付けられるのは必然だろうがな。今ではもう、跡形もないらしい。」
セルクさんが、目を細めて静かに言った。
「幸いだったのは、魔王軍が侵攻するまでに住民の避難が完了していたことだな。そのおかげで、被害は真正面から迎え撃った国軍の兵のみにとどまった。」
「ああ。この町から避難してきた人たちが住んでいるのが、今から向かう町だ。今のご時世、不安で仕方ないだろうが......何とか平穏な暮らしをとり戻し......て?」
自分で言ったことに違和感を覚え、俺は首をかしげた。人々の暮らしが、なんだって?
違うだろ、俺が望むのは赤の他人の幸せじゃないはずだ。俺が望んでいるのは、家族、友人、そういった人達の幸せだけ。それ以外はどうでもよかったはずだ。みんなの幸せを望むような、お人よし偽善ヒーローにはなりたくなかったはずだろう。
俺は......
"お前は何を考えているんだ?"
「―!」
俺はその場に膝をつき、四つん這いの状態になる。顔じゅうから汗が吹き出し、気持ち悪さがこみあげてくる。
「イグニくん!?いったいどうしたの!?」
「イグニくん!!私の声が聞こえるか!?」
「っ、ああ、だいじょ―」
"同類の力を検知して、眠りから目覚めてみれば、なんというザマだ。あの時の覇気は、覚悟は、狂気はどこへ行ったのだ?"
「うっぐ、ああ......!!」
頭が痛い、割れるようだ。体も震え、寒気がする。
人々に裏切られ、蔑まれ、限界を迎えたあの日。いじめっ子を殺し、途方に暮れていたあの日に、今と同じように脳内から問いかけてきた、あの声と同じ。俺であり、同時に俺でない声。
"ぬるま湯につかって、我を見失っているようだな、腑抜けめ。お前がその気になれば、家族の平和どころか、この世界だって望めるだろうに。また俺に身をゆだねてみるか?"
その言葉に、あの日の光景が脳裏に流れる。鼻をつんざくような、ひどい血の匂いまでしてきた。
俺は頭を抱え、その場でうずくまるのだった。
☆☆☆




