52.正気ゆえの判断
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先程までイグニくんに必死に声をかけていた、セルク先生の声が聞こえなくなった。心配になり、今にも飛びそうな意識の中、横目でセルク先生のほうをみる。
セルク先生は、静かに涙を流していた。まだなんとか息はしているようだけど、そろそろ危うそうだ。
2人の涙が、それぞれ頬をつたい、雫となってイグニくんの手に落ちる。
.....その瞬間、一気に体が楽になった。ふわっと浮くような、そんな感覚に陥る。あぁ、これが死ぬってことなのかな。これで私の人生も終わり─
「「ぶべらっ!?」」
ませんでした。浮遊感の正体は、死んだ後の幽体離脱ではなく、ただ解放されて地面に落ちただけでした。顔から地面に落ちたせいで、頭を打っちゃったよ。
というか、解放されたってことは.....!
「げほっ、けほっ、イ、イグニくん.....?」
顔を上げながらそういうと、イグニくんは頭を抱えながらうずくまり、悶えていた。
「あああ、ああ、がぁぁぁっ.....!!!」
「ゲホゲホッ、イグニくん、負けるな……!」
セルク先生はそういって、イグニくんの手に触れる。私も地面を這って、同じようにイグニくんの手に触れた。
ゴツゴツとして、爬虫類のような、人のものではない手。それは、私たちのために恐怖を押し切って、玉砕覚悟で助けてくれた、優しい人の手。
今度は、私たちが助ける番。
「「イグニくん!!」」
2人の声が重なり、その場に響いた時。フッとイグニくんの姿が、もとの人間の姿に戻った。そのままイグニくんは、地面に倒れ伏す。
私たちの思いが、願いが、彼に届いた瞬間だった。
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「.....んん」
眩しい光が目に差し込み、俺はゆっくりと目を開ける。俺は地面に横たわっており、周りは明るくなっていた。
木々はそのほとんどが折れて朽ち果てており、一部残っている木も、焼け焦げていたり、枯れ果てていた。
宿があった場所も、もう面影を探す方が難しい。それほどに変わり果てていた。俺は守れなかった事実に打ちひしがれ、拳を強く握りしめた。
ふと横に目をやると、シエルさんとセルクさんが近くで横たわって寝ていた。所々擦り傷のようなものがあるが、見た感じは大きな怪我は無さそうだ。ただ、1回医者に診てもらったほうが良さそうだな。
俺はひとまず安堵し、2人の頭に手を.....伸ばそうとしたところで、ピタリと止まる。
「あ.....あ.....!」
頭の中に、映像が流れこんでくる。それは、昨晩の出来事であろう、悲惨な光景。俺が四天王の1人を倒した後の、2人への仕打ちの映像が、頭にこびりつく。
やはり、100%の力など使うべきではなかった。あの力はまだ、俺の手には有り余る。自分を止めることが出来ない、制御できない力なんて。
.....離れよう、2人から。俺はここに居ちゃいけない。2人と一緒にいる資格なんて、ないんだ。
その場で立ち上がり、身支度.....はいらないな。俺は元々装備も軽装だし、必要最低限しか持ってなかったし。
とにかく、この場から一刻も早く離れよう。俺は地図で方向を確認して、街に向かって歩き出し─
「どこへ行くの」
シエルさんの、そんな声が、聞こえた気がした。きっと気のせいだと、さらに歩を─
「私たちから離れるつもりか?」
今度は、セルクさんだ。幻聴であって欲しかった。俺は観念して振り向く。
目線の先には、こっちをじっと見つめる、シエルさんとセルクさんがいた。
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