44.心との争い
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俺はその場に座り込み、膝を抱える。今なお、あの無意識の行動に、自問自答を繰り返していた。
「……名前なんて、聞いても仕方ないのに。どうして聞こうなんて思ったんだ、俺は。あいつに興味が出たとでも言うのか?馬鹿な、人間相手に興味なんて……。」
ブツブツと独り言を繰り返す。
「散々人間の嫌なところを見てきたじゃないか。人間は皆、腹に黒いものを抱えてるって、俺自身が1番知っているはずだ。それなのに……」
独り言を繰り返すうちに、幻聴まで聞こえるようになった。
『簡単な事だよ、君はあの人と友達になりたかったんだ。自分のことを理解してくれる、いい人だったからね。彼に興味がでてきたから、またどこかで会った時に友達として接するために、名前が知りたかったんだ。』
「……違う」
『違うものか、自分に素直になりなよ。お前は心の中で後悔してるんだ。あの時、あんなことをしてしまった自分が許せないんだよ。』
「……違う!!」
俺は勢いよく木を殴る。殴った手の痛みで、正気に戻ることができた。もう幻聴は聞こえない。
俺はその場にうずくまる。宿に戻る気にはなれなかった。敵がいつ現れてもいいように、短剣を手に持ったまま、俺はその場で眠りについた。
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「─くん、イグニくん!」
「ん……」
誰かの声で目が覚める。眠い目をこすり、目を開ける。目の前には、心配そうに俺をのぞき込む、2人の姿があった。
「やぁ、シエルさんにセルクさん。よく眠れたかい?」
「やぁ、じゃないわよ!勝手にいなくなるなんて、どれだけ心配したと思ってるの!」
シエルさんがポカポカと俺の事を叩く。
「イグニくん、どこか行くなら書き置きくらい残してくれ。心配するだろう。」
「ごめん、あの部屋じゃ寝れなくてさ。外の空気を吸おうと思ったら、寝ちゃったみたいだ。」
「へぇ、外の空気をね。」
セルクさんはそういって、チラリと目線をずらす。俺はその仕草に、ビクッと身体を震わせる。セルクさんがみている先は、俺が夜に魔物を倒した場所だ。
「……まぁいい、今回は不問にしよう。」
「そりゃどうも。」
バレたのかバレてないのかわからないが、言及されなかったのは幸いだった。ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、そういえばフロントから救急箱が無くなってたらしいんだけど、何か知らない?」
一難去ってまた一難。俺は知らないふりをすることにした。
「救急箱?さあ、見ていないが。」
「ふーん。ま、いっか。とりあえずいったん部屋に戻ろ?」
「そうだな。荷物もおきっぱだし。」
俺たち3人は、また宿屋に戻る……途中で、セルクさんが立ち止まった。
「なあ、救急箱ってあれのことではないのか?」
セルクさんが、ドア付近に置かれたものを指さしてそういう。
「……いや、アレじゃん!イグニくんが持ち出したの!?」
シエルさんが箱に駆け寄る。あいつ、おきっぱにしやがったのか。いっそ箱ごとどっか行ってくれればよかったものを。
「いやまあその、ちょっとわけあって……」
「救急箱が必要になるわけってなに!?」
俺は結局、宿に戻った後で、2人に状況説明をする羽目になったのだった。
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