41.説得失敗のち分岐点
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ゲルべ爺の宿屋、015号室。なかはそこそこ広く、設備も充実していた。そこはいいのだが、問題はこれ。ベッドはダブル、ソファなし。
これを見て、俺が言いたいことが分かるだろうか。
「いやダメだろこれは」
「文句を言っても仕方ないだろう、一部屋しかないのだから。」
「いやだから、俺は外で野宿を……」
「1人だけ外なんておかしいでしょ?それに夜に活発になる魔物も多いし、野宿してたら十分に休めないじゃん。」
「幸い、ベッドは3人でも寝れそうな大きさだぞ。何も外で寝る必要は無いだろう。」
ぐぬぬ、正論を言いやがって。
「それでもダメだろ。いや、だからこそダメだろ。俺男、2人は女性。な?」
「イグニくん、こういうのはなんだがな、君はそういうことをできる人間には思えないんだが。」
セルクさんにそう言われ、俺はビクッと震える。何を隠そう、俺は前世では彼女いない歴=年齢だったうえ、この世界でもまともに喋った女性は、母さんと妹、そしてセルクさんとシエルさんくらいなのだ。
ご指摘の通り、あるのは知識だけで、そんな勇気も気概もない。ついでに、別にする気もない。
「いや、その……そうだけど!!ほら、倫理観とかさぁ!?」
「誰が見てる訳でもなし、倫理観なんて知らんよ。それに、元とはいえ私は君の先生だ。生徒を外に放り出して、自分はベッドでぬくぬくなど、出来るわけないだろう。」
これまた正論。ダメだ、この人に口で勝てる気がしない。俺は肩を落として両手を上げ、ため息をついた。
ちなみに、そっち系の話の時、シエルさんは終始頭に「?」を浮かべて、ポケーっとしていた。この世界の俺もそうだが、彼女はまだ13歳。教育を受けてなければ、そういう知識もない年頃だ。だからこの反応が普通なのだ。
結局、この日は3人同じベッドで寝ることになってしまった。もちろん俺は右か左の端を所望し、笑顔で却下されて、真ん中に寝させられた。
こんな状態じゃ、左右を向いて寝たり、寝返りをうったり出来やしない。無意識に手でもぶつかろうものなら、俺はもう生きていけない。
俺は我慢の限界に達し、ふたりが寝たことを確認した後、2人を起こさないようにしつつ、ベッドから降りた。くそ、やっぱり野宿の方がよかったじゃねぇか!!
玄関まで行くが、ゲルべ爺はいなかった。飲み物でも出してもらおうと思ったのだが、残念ながら無駄足になってしまったようだ。
部屋に戻る気にもなれず、なんとなくフロント付近のソファに座る。最悪ここで寝るか……などと思っていたとき、ドンドンドンとドアをたたく音が聞こえた。
「おいゲルべ、いるんだろう!?ここを開けてくれ!」
そんな声が聞こえる。ここには今俺しかいない。俺はソファから立ち上がり、ドアの前まで歩を進める。
「ゲルべ爺なら今不在だ。今何時だと思っている、不敬だぞ。いったい何の用だ。」
「すまない、急用なんだ!とにかくここを開けてくれ!負傷者がいるんだ!」
「そうか、悪いが他を当たれ。」
俺は元の場所へ戻り、ソファに腰を下ろした。幸い、ここは内側からしか開けられない仕様のため、け破られることはなかった。しかしながら、先ほどより大きなノック音が響き渡る。
「頼む!!ほんとうに急用なんだよ!!お願いだから開けてくれよ!!」
俺は深くため息をつき、またドアの前に行く。
「誰が開けるか。お前が嘘を言っている可能性もあるし、何より声だけじゃ、人間である証拠がない。人の言葉を話す魔物だっているんだ、これがお前の仕掛けた罠で、開けたら襲われるかもしれないだろ。」
「そんなのどうしようもないだろ!この状況で、どうやって姿を見せるってんだよ!」
その声からは、多大なる焦りを感じたのだった。
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