31.勝利の余韻などなく
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敵の長がやられたからなのか、その後残った魔物たちは一斉に王国から逃げ出した。王国側も甚大な被害ゆえに追うことはせず、これにてこの戦いは幕を下ろした。
両者ともに甚大な被害をもたらした、最悪な結末だ。特に人間側は勇者を失った。これは戦力的にも精神的にも、人間側には堪えることだろう。俺の知ったことでは無いが。
俺は龍神化を解除し、元の姿に戻る。この姿になったのも、特訓の時以来だった。
「っ・・・!」
解除した途端、少し立ちくらみがして、その場に座り込む。やはり、大きな力には犠牲を伴うものだな。
「イグニくん!無事か!?」
セルクさんが駆け寄ってくる。
「えぇ、なんとか無事です。これで貸し借りはなしですからね。」
「ば、馬鹿者!!こんなときに何を言ってるんだ君は!?」
「冗談ですよ冗談。セルクさんこそ、お怪我は?」
セルクさんに支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。
「問題ない、君のおかげだよ。それでいうなら、さっきの貸し借りの話はこっちが借り1だぞ。命を救われてるんだからな。わかったか。」
食い気味にそんなことを言うセルクさん。どんだけ義理堅いんだこの人。
俺は若干引きながら、顔を逸らす。するとその先に、こちらに歩いてくるシエルさんの姿が映った。
「い、イグニくん・・・その、助けてくれてあり」
「あー、待ってくれ。」
俺はシエルさんが何を言おうとしているのかを察し、それを阻んだ。
「俺は君が助けてくれたから、それに報いただけだ。感謝を言われる筋合いは無い。だからありがとうとか言わないでくれ。借りを作りたくない。」
「えっ・・・いや、私が助けたのは、君が最初に助けてくれたからで・・・」
「言ったろ?俺が助けたのはただの気まぐれだ。だから、それに報いようとかしなくていいんだ。」
「イグニくん、それはシエルさんに・・・」
「あなたもだ、セルクさん。俺にとって人と人との関係は、持ちつ持たれつ、つまり貸し借りだ。俺はあなたのおかげでことを荒らげずに入国できた。その借りを返すために、俺は魔王軍と戦った。これで貸し借りなしだ。つまり、俺たちは白紙の関係に戻ったんですよ。それでいいでしょう?」
俺は王国の外に向かって歩き出そうとするが、セルクさんとシエルさんに止められる。
「・・・離してくれよ。」
「なんで逃げるんですか。」
「いや、逃げようなんてしてないよ。ここにいたって仕方ないから、別のところに行くだけだ。」
「いや、してるよ。君、誰とも深く関わろうとしていないだろう。今だって、私と目を合わせようとしなかった。」
「・・・」
「何を恐れてるんですか、あなたは。そして、何を抱えているんですか。」
「私たちに教えてくれよ、君の本心を。1人で抱え込もうとしないでくれ。貸し借りなしで白紙だなんて、そんな悲しいこと言わないでくれ。」
「・・・っ」
俺は強く歯を噛み締める。そんなの、言えるわけが・・・言っていいわけが、ないだろう。前世の話など、出来るものか。
自分の本心を、過去を2人に吐露できるほど・・・俺は2人を知らない。知りたいとも思わない。
知ってしまって、仲良くなってしまったら、失うのが怖くなる。大切な人を失う、そんな思いはもう嫌だ。だから、必要以上に人と接したくない。2人とは、ここでキッパリと別れるべきなんだ。
そうだ、拒絶してしまえばいい。「お前らなんか心底嫌いだ、消え失せろ」と、吐き捨ててしまえばいい。そうすれば、本当の意味で赤の他人に元に戻れる。
なのに、なぜ俺の口は塞がったままなんだ。言えよ、言ってしまえよ。例えそれが心にも無い言葉でも、でまかせでも、言ってしまえば途端に全て解決する。それなのに。
「・・・っ」
結局俺は何も言えず、その場で立ちつくすのだった。
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