29.覚悟
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「さて、そろそろ遊びは終わりにしようか。死にたいやつから前に出ろ。」
ひとしきり笑ったあと、奴はそんなことを言い出した。なんのひねりもない、死刑宣告だった。
「ぐ、うっ・・・ははっ、舐められたものだな・・・!」
剣を杖のようにし、明らかに無理をしながら立ち上がるセルクさん。俺は身嵐で瞬時にセルクさんへ近づく。発動した瞬間に激痛が走ったあたり、俺の体も相当ガタが来てるらしい。
「無茶しないほうがいいですよ、セルクさん。死にますよ。」
「ここで逃げてのうのうと生きるくらいなら、死んだ方がマシだよ。」
「死んでどうするんです。あんたにも守りたい人くらい居るでしょう?生きてなきゃ、もう誰も守れない。」
「あぁ、いる。いや、いたよ。でももう居ないからね・・・だから命に変えても、せめて彼が守りたかったものを守るんだ。」
横たわる勇者の亡骸を見つめながら、セルクさんはそう呟く。大層立派で、真っ当な意見だ。
「そうですか、でもダメです。いいですか、勇者に報いたいのなら、あなたがすべきなのは、まず生きることです。無謀な戦いで命を落とすことじゃない。あれだけ他人を重んじる人が、無駄死にを望むとでも?」
セルクさんは、苦虫を噛み潰したような顔をする。悔しさと不甲斐なさ、悲しさが入り交じったような表情だった。
「どんな手を使ってでも生きて、もっと強くなるんです。そして魔王を討って世界を平和にする。それがあなたが本当にすべきことだと、俺は思う。」
「だが、それでは・・・この街が・・・っ!」
そういって、俺に泣きつくセルクさん。こうしている間にも、奴はこちらへと近づいてくる。
「さぁ、2人してあの世に送ってやるよ。」
「そうはいくか、最期まで抗わせてもらう。」
奴は俺よりも早く、そして一撃も重い。今のままでは、どう転んでも勝てない。とりあえずセルクさんが逃げられるスキを作らないと・・・と思っていた時。
横から魔法が放たれ、敵に直撃する。煙が上がるだけで、全く効いていなかったが、やつを怒らせるには十分だった。
「・・・っ、ああぁ!!こざかしいわ!!」
魔法が飛んできた方向に向け、特大の魔力砲、いわばビーム砲を放つ。その先にいたのは、絶望した顔のシエルさんだった。
「・・・っ!!あいつ、バカ・・・!!」
身嵐でシエルさんの近くにいき、瞬時に突き飛ばす。シエルさんのすぐそばを、ビーム砲が通っていった。何とか怪我はなかったものの、あと一歩遅ければお陀仏だった。
「いたた・・・」
突き飛ばした影響で背中を打ったらしい。とはいえ、命に比べればやすいもんだろう。
「あんた、まだ逃げてなかったのか!?あんたが適うような相手じゃないんだ!どうしてこんな無茶を・・・!!」
「あはは、なんでだろ・・・体が勝手に動いてたんだ。強いて言うなら、恩返し、かな。」
「おんがえし?」
「成り行きとはいえ、助けてもらったから。見てるだけなんてできなくて・・・今度は私が助けなきゃって。」
「それ命を捨ててまですることかよ。」
「少なくとも、私にとってはね。」
その言葉で、俺はある覚悟を決めた。プライドを捨てる覚悟、もう迷わない覚悟・・・人であることを、捨てる覚悟。
赤の他人であるはずのシエルさんが、体張ってくれたんだ。借りはきっちり返す、それが俺の流儀だ。
「その覚悟、俺が買った。危ないから離れてろ。」
俺はそういい、覚悟を決めた目で奴を睨みつけた。
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