0.プロローグ
「1134番、出ろ。」
扉の前の男が、俺に向かってそういう。ついに来たか、いい加減待ちくたびれた。俺は何も言わず、ただ言われたままに扉の外へと出る。そのまま、冷たい廊下を歩いた。
ここは、とある拘置所。凶悪犯罪者である、無期懲役囚や死刑囚がいる建屋。もうすぐ、俺・・・死刑囚、沢渡 文哉の死刑執行がなされようとしている。
まぁ、もうこの名前に意味は無い。あくまで今の俺は、死刑囚1134番なのだから。
教誨室へと案内され、用意された椅子に座る。目の前には、優しい目をした人が1人。教誨師と呼ばれる人だ。俺は静かに、目の前の人を睨みつける。
こいつは時々俺に、死後の世界や罪の償いについて説いていた。頼んでもいないのに、ペラペラと喋るその姿に、嫌気がさしていた。
「ふふ、相変わらずのようで。」
こちらを見つめてくる目が、いい加減鬱陶しくなっていた。あぁ、変わらねぇよ、変わるわけねぇだろ。
俺は大量に人を殺し、第一審で死刑を言い渡された。最初から控訴する気など微塵もなかったため、そのまま死刑が確定した。
反省も後悔もしていない、俺はなすべきことをした。全てやりきった上で死ねるのだから、後悔などあるはずがない。
始まりは、些細なことだった。学校で虐められていた生徒を庇ったところ、逆恨みされて今度は俺が虐められた。俺はそこでやり返し、いじめっ子に怪我をさせた。
それで、全てが崩れた。いじめっ子はどうやら、父さんと母さんの会社のお偉いさんの子だったらしく、父さんと母さんは、会社ぐるみで社会的に殺された。出歩くことすらままならない程に。
けれど、父さんと母さんは俺を怒らなかった。むしろ正しいことをしたと、褒めてくれた。生活は大変だったけど、つらくはなかった。
・・・それだけなら、どれだけよかったか。ある日、俺の家に放火事件が発生した。火はすぐさま広がり、家にいた父さんと母さんは・・・死んだ。遺体は黒焦げだった。
俺と、もう1人の家族である妹は、たまたま母方の実家へ遊びに行っていたため、無事だった。2人の訃報を聞いて、妹は倒れてしまった。
放火の犯人は不明・・・ということになっているが、俺は犯人を知っていた。数日後にいじめっ子が俺の前で、堂々と犯人だと暴露したからだ。あの時のいじめっ子の顔を、俺は一生忘れない。人を殺しておいて、ニヤニヤと、ヘラヘラと笑うあの顔を。
だから、殺した。いじめっ子も、その取り巻きも。その時の顔も、俺は一生忘れないだろう。そして、全て吹っ切れた俺は、その日のうちにやつの親が勤務するオフィスに乗り込み、会社の人間を1人残らず殺した。内蔵を抉りとり、首をはね、目をえぐり・・・床は血で真っ赤に染まった。
俺は自分で110番をし、現行犯逮捕された。そして裁判を行い、今に至る・・・というわけだ。家族の仇は取れた。この手で、元凶を殺すことが出来た。俺は満足している。
人を殺したものは、死をもって償う。俺もそれには賛成だ。どんな理由があろうと、人殺しは最低の行為だ。だからこそ、俺は奴らに死をもって償わせた。
人殺しをしたお前が言うな、と言われるかもしれないが、俺は自分自身の行いを、正しい行為だとは思っていない。俺にはこれしか無かった、それだけだ。
「・・・最後に遺書は書かれますか?」
紙とペンを差し出される。断ろうと思ったが、俺は数秒の静止のあと、ペンを手に取った。残された唯一の家族、妹に向けた手紙を。
その後、俺は踏み台に立たされ、首に縄を掛けられたあとに、1人部屋に残される。あぁ、そろそろだな。父さん、母さん、今そっちに行きます。そっちで会えたら、俺をうんと叱ってください。親不孝者の俺を、うんと。
・・・妹は、俺の最後の手紙を読んでくれるだろうか。俺のことを慕ってくれていた、心優しい妹。死刑囚となってから、幾度となく手紙が来ていたが、俺は後ろめたさから、1枚たりとも返事を書けなかった。だからあの遺書が、最初で最後の手紙の返事。
反省も後悔もしていないけど、一つだけ心残りがあるとすれば・・・妹にすべてを押し付けてしまうことか。ゴメンな、こんな兄ちゃんで。ぜひ恨んでくれ。その方が色々楽だから。
そんなことを考えてるうちに、部屋の床が抜け、体が下に落ちる感覚がして・・・意識が無くなった。死ぬのは一瞬と分かってはいたが、本当にあっさりと死んだ。
死刑囚1134番、沢渡 文哉の死刑執行は今ここになされ、1人の人間の命が、潰えるのだった。