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光の先の  作者: 加上鈴子
2/2

<後編>

 10日すべて眠ってしまうのも怖かったので7日間だけ装置を動かした。これが幸いだった。翌日、ワムの商品が仕上がるというのだ。

「それは良かった」

 ヴィウィが本心から安堵の声を出したら、ウエイダの厳め面が和らいだ。誠意から声を出せば伝わるのだと感じたが、それは間違いだった。和らいだ顔は、冷たい笑みの方だった。

「手伝いはいらないと言ったが一度も様子見に来なかったとは、大したものだ」

 パキンと思考が固まる。

「おかげで梱包の打ち合わせができなかったが、仕上げは早くできたので良かったよ」

「す、すみません」

「謝られても仕方がない」

 ヴィウィは口の中でごにょごにょ呟き、うつむく。いつもは完成製品を載せるのでコンテナサイズもそれに合わせて設定しておけるが、今回は正確なサイズを聞いていない。見積もり段階でおおよその寸法は聞いてあるが、輸送途中のトラブルをなくす為には万全な梱包が不可欠だ。ワープに備えて、荷物は最初から冷凍保存になる。

 ウエイダの冷笑がヴィウィの頭上へ降りかかる。あと3日で採寸して設定を計算しなければならない。いつも自動計算されていたから、気がつかなかった。

 と言い訳しても後悔しても、時間が押し迫っている。ヴィウィは瞬時に作業にかかり、残りの3日を寝ないで過ごしたのだった。


「冷凍睡眠って寝貯め効かないよね……」

 側にツミアナがいてくれれば絶対に聞かせたかった呟きをヴィウィは一人ごちり、何とかフライトに間に合わせたのだった。この天候を逃したら間に合わないという際どい時間を捉まえて浮き上がり、大気圏を飛び出す。顧客とは挨拶もままならなかったが、早く離れたかったから構わない。とはいっても来月には、また輸送物が出るはずだ。それともこれに懲りた顧客が運送会社を換えるだろうか。ヴィウィも、この担当を続けるべきか悩んでいるので、本当に二度と会わないかも知れない。

 ただ、ほんの少し。

 出発直前に現場監督のウエイダが「頼むぞ」と言った顔だけが、印象に残った。怒ったような懇願するような真面目な顔を垣間見せてくれた理由は、梱包計算を3日で書き上げたことへの賞賛だったのだろうか。おかげ様でか幸いにか、大気圏突破の揺れにも耐えて荷物は、少しも傾くことなく音も立てずに宇宙へと飛び出した。もっとも、操縦席から倉庫の荷物が揺れている音など聞こえた日には、すでに間違いなく破損だろうが。

 宇宙空間に出て気圧表示がゼロになったのを見ると、さすがにホッとする。すぐ機体転送の準備に入らないといけないが、この一時だけが満天の星も楽しめる宇宙飛行士にとってのもっとも甘美な時間だ。飛ぶと決めたヴィウィが何よりも楽しみにして今も堪能している光景である。今日はまた格別で……と溜め息をつきかけたところで、あるメーターが出している警告表示に気がつき、ヴィウィはぎょっとなった。

「乱磁流」

 思わず呟いてしまった。すっかり忘れていた。3日の不眠も吹っ飛んだ。このまま転送しては磁力に捕まり失敗するどころか機体も破壊される。地球で例えるなら台風に突っ込む無謀さと同じだ。ワープせず磁場をやり過ごすとしても機体が保つかどうか。それに納期は確実に、もう10日ほどは遅れる。

 いつもは航行予定に沿ってベストルートをナビが検出してくれてある。最新情報でルートを再計算しておいたつもりだったのにデータが古かった理由は、ここが辺境だからだ。地球へのコンタクトも取れないほど磁場が歪んでいるからだ。

 これが、宇宙。

 何が起こるか分からない、予定通りには行かない恐怖。今さらながらに、ようやくヴィウィは体感したのだった。頭では分かっていても、身体には染み付いていなかった。涙ぐんでも事態は変わらない。ここに留まっても迫る磁場に巻き込まれる。回避するか、突っ切るか。

 どちらにしろオートは解除だ。心臓が鳴ったが、まずは進行を止めないと。ヴィウィはマニュアルを引っ張り出して慎重に、だが素早く解除の手順をこなした。進んでいたのかも分からない機体は、止まっても分からない。メーターの針でしか確認できない。

 次に選択すべきは進むか戻るか。

 躊躇はなかった。

 エンジン設定を最大値にマークし、座標を叩きなおして、ベストポジションを探して機体の向きを変える。磁場は一定ではない。磁場の緩い空間を狙って通過できるはずなのだ。

 だが、すぐに次の波がくる。波が来る前にすかさず転送する。考えただけで曲芸だが、教習所では学んだことだ。難点は、ヴィウィが完全手動操縦が初めてだということである。実践がない。まして、こんな。

 行くと決めた以上、引き返せない。ヴィウィには他に手段が思いつかない。座標計算と転送装置起動と操縦が同時進行で頭がフル回転だと、余計な思考がすべて吹っ飛ぶ。と感じたのに、なぜか脳裏に色々な顔が浮かんで消えた。

 地球で別れてきた友人、家族。ここに来てからのメンバー、ツミアナや営業仲間。所長の怒号、顧客が微笑むモニター。耳の奥に、頼んだぞという声が響いた。荷台のコンテナを抱きしめたい気持ちにかられた。逆に荷物が彼女に微笑んでいるかの印象が浮かんだ。ナンセンスな感覚が返って今の彼女を支えていた。

 準備ができた。磁場が迫っている。ルートは確保した。肉眼でも確認できる宇宙空間に浮かぶ白い霧に向かって、ヴィウィはレバーを握りなおした。

 瞬間。

 沸騰しそうな高揚が全身を包み込み……耐え切れず、声が出た。

「行っけえ!」

 レバーを握りしめる。手の平は汗びっしょりである。背中も冷たいんだか暑いんだか空調効いてるはずなのにと、おかしな笑みが洩れる。景色が走る。風を受ける錯覚を覚えた。

「!」

 メーターが振れる。機体が揺れる。磁気に引っかかった。ひどい揺れではない。慌てながらも慎重にレバーを押す。やりすごせる。大丈夫。自分を励ます。行ける。

 メーターが黙った。

 抜けた!

「104転送開始、出力上げます! 受け入れ願います」

 イヤホンは機能していないだろうに叫んでしまい、いつもの癖でカウントまで取りかけて「10、ゼロ!」などと叫ぶ。思い切りレバーを引く。自分が満面の笑みになっているのが分かる。今度はアナウンスがカウントを始める、それをヴィウィも口に出して数えながらコールドスリープカプセルに飛び込んだ。熱を持つ有機細胞は転送に負ける。

 転送は走馬灯を見るより一瞬だ。余韻を楽しむ暇もない。原理は電話と似ている。コールドスリープでは夢も見ない。瞬き一つで景色が変わっているのだが、満天の配置など覚えていない。本当に成功したのかどうかを知るには、やっぱり計器を確認するしかない。慣れないうちは半信半疑だ。

 開いていくカプセルの蓋を自分でも押し上げて、ヴィウィは久しぶりに半信半疑を味わった。


 乱磁流の警告はない。示している座標はラランドの本船に近い。ということは成功したのである。少し航行すれば合流するはずだ。漆黒に浮かぶ満天の光はどこまでも穏やかに煌びやかに、これが現実だよと諭してくれているかに見える。

 ヴィウィの目を覚まさせるように、その時モニターが通信を受信した。

「おう、帰ったか」

 声だけで誰だか分かる。と思ってからヴィウィはモニター画像をオフにしていたことを思い出した。が、オンにするのは止めた。

「どうした、モニターいかれてるのか?」

「……いえ」

 声がかすれてしまう。ばれただろうか。自分が泣いてしまっていたなんて。

 しばらく音声が沈黙していたが、やがてスピーカーが「おめでとう」と所長の声で言った。

「戻って入荷手続きしたら明日は休め。生還祝いだ、バー連れてってやる」

「そんな大袈裟な」

 むすっとして低く答えると「そうか、そうだな」と同意されて余計に不愉快になる。が、その後に続いた言葉は、今のヴィウィには沁みた。

「毎日が生還だしな」

 何を当たり前なと笑おうとしたが、笑えなかった。代わりに嗚咽が洩れそうになり、堪えるのが精一杯だった。そしたら所長に「泣け」と言われた。「怖かっただろ」と。

「怖くなんて」

 泣けと言われては素直に泣けない。ヴィウィはようやく画像を映して、泣いてない自分を所長に見せた。壮年のオヤジは、がははと笑った。

「楽しそうだったな、あの叫び声。今度から俺も使うわ」

「ええと、えええ? 聞いてたんですか!?」

「モニター通信できるのにイヤホン使えないわけないだろうが」

 言われてみれば、ごもっとも。地球にコールできなかった印象を持っていた自分が恥ずかしい。ぶすくれる小娘にオヤジは慈愛の笑みを浮かべる。が、彼女が目を向けた時には、いつもの皮肉顔である。

「あとワムのチームリーダーから伝言あずかってるぞ。来月また発注するからよろしく、だとさ」

 ほんの数十分前に別れた顔が、懐かしく思い出された。また行かなきゃならないのかと理性がうんざりしている反面、感情が浮かれている。

「担当させていいか?」

 いいな、ではなく、いいか、と問うてくれている。一つ乗り越えたヴィウィに、所長も一つ扱いをランクアップさせたというところか。ヴィウィは所長を見すえて頷き、微笑んだ。

「やらせて下さい」

 笑みは、彼女が敬愛するツミアナと似た雰囲気をかもしだしていた。


~END~

SNSNOVEL WOODでの企画にて書かせて頂きました。

後半の描写書くのが、ちょー楽しかったです(笑)。


2009.5.27脱稿

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