<前編>
飛びたくて転属願いを提出し受理されて晴れて自由の身、宇宙人となった。
「外宇宙営業配達部に配属されました、ヴィウィ・スーディアです。宜しくお願いします」
ヴィウィは135度ほどの中途半端なお辞儀をしながら、ふつつか者ですがなど軽口を言わずにおいて良かったと思った。地球本社と違ってラランド営業所の連中は荒いのが多いと聞いている。実際ヴィウィの礼に対して拍手はおろか何の反応もない。カワイコちゃんと冷やかされない代わりに、小娘がと罵られもしなかったのが救いだった。実際カワイくないし小さくもないので、無反応でちょうどいい。
そんな挨拶を封切りに、飛ぶ生活が始まった。
「こちら104です。積み込み作業、完了。本船に戻ります」
イヤホンに向かってお決まりの台詞を吐きながら、両手ではキーボードにコードを打ち込んでいく。頭で覚えるより先に手の方が勝手に動くようになった単なる作業をヴィウィは、就業以来ずっと続けている。
レギュラーユーザーが主の仕事は単調だ。配達に向かい集荷をして戻る。それだけの日々。時折イレギュラーな荷物や配達日の変更などが入って焦るが、大きな失敗はない。そもそも失敗になりそうな危険な仕事は任されない。職種には営業と銘打ってあるが、ヴィウィは自力で仕事を取ってきたこともない。
確かに飛ぶ仕事ではあった。だが想像した格好良さはなく、ただプログラム通りにレバーを動かしていれば到着する、味気ない航行だ。ハイテク万歳である。この半年の間に何度往復したか知れないほど近い星にしか出向いていない。
本社にいた頃の方がいい仕事をしていたのかも知れない、とさえ思う。相棒は船でなくホバーだったが、飛行機なみによく動く機体だった。人口過多な分だけ仕事も沢山あった。生活の必要最低限、何らかの需要が発生する。運び屋という仕事は途絶えない。減りはするが消えはしない。人員の淘汰にさえ巻き込まれなければ食いっぱぐれないが、問題は、そこだ。だから転勤したのもあった。
地べたを這いつくばっているより恒星規模の方が大きそうだと夢を見た。
ある程度は予想もしていたが、それでも漠然と外宇宙に憧れていた。
でも。
そこに住む人間が人間である以上、人間相手の仕事である以上、仕事の内容にも変わりはない。
「頼んだよ」
荷主が、モニターの向こうからヴィウィに挨拶をする。ぶっきらぼうな、こちとら客なのだから偉そうで当然なのだという態度。ヴィウィは慇懃無礼に笑顔を作る。
「ありがとうございました」
本船に運び入れて、しかるべき目的地へと旅立ってゆく預かり荷物を、時々破壊してみたくなる。
だが、太陽系外であっても地球と代わりないですねなどというセリフは、いくら酒の席であっても小娘の口から発せられて良い言葉ではなかった。
「何だと?」
最初に声を上げたのは誰あろう大御所、営業所長である。ヴィウィの酔いは瞬時に醒めた。赤かった顔が途端に青くなる。久しぶりの地表に、タガが外れたのか気が大きくなったのか。
地球年齢にして50台半ばを数える、いいガタイのオヤジが女性の胸倉を掴むという図は、いくら宇宙でも気持ちの良いものではない。所長が行き着けにしている、カウンターしかない小さなバーで、営業所員7人の他には客がいないような状況ではあったが、それでもマスターも眉をひそめる。
ヴィウィの発言には他の所員も気色ばんだのだが、営業所長が立ち上がったのでは毒気を抜かれ、彼を止める立場にならざるを得ない。
「所長、半年です、まだ半年」
「こいつ女です。大人げないっすよ」
口々に止められ、所長がふんと鼻を鳴らして小娘の襟首から手を放す。突き飛ばされる形になって、ヴィウィはよろめいて咳をした。
「手前みてぇな女が沢山来たんだ、この星には。どいつもこいつも口だけだった。何がロマンだ、ワイルドだ」
まくしたてられ、青くなったはずの顔が今度はまた赤くなる。図星だ。この星には地球にはない何かがある気がしていた。謝るべきだったが、声が出ない。それが幸か不幸か仕事をランクアップさせる結果となった。
所長はヴィウィが姿勢を正して立ったのを見てから「なら、やってみろ」と言った。
降って沸くようなラッキーがラッキーであった試しは少ない。
新しく任せられた顧客は、トラブルメーカーだった。集荷場所が違うだとか、集めたら集めたで違う商品だったゴメンと言われて積み直し、本船に乗せて別の配達先に持ってゆく段階になって納期を変更してくれだとか仕様が違うとか。
むろん配達に行った時にもクレームが発生する。破損していたと言いがかりをつけられ弁償しかけたこともあった。何とか証拠を集めて責任はないと明言し凌いだが、保険屋もちゃっかりしたもので、今後この顧客の保険は扱いたくないと来たものだ。別の保険屋を手配するのも骨が折れる。おかげでヴィウィは仕事が来るたび振り回され、2倍も3倍も忙しくなった。
しかも、この一件だけ星雲から外れている。未開発の星を開拓せんが為に派遣されている特殊な会社だと聞いたが、だから扱いも特別なのか、とにかく心身ともに疲れる。恒星間ワープには慣れたつもりだったが、こうも頻繁となると身体に影響は出ないだろうかとまで心配になってくる。ラランドの惑星間だけを、しかも数件まとめて行き来できていたことへの楽さが今さら思い知らされる。
「ひいい」
と泣いたら、
「泣くな、泣くな」
と笑ってもらえた。
そういう友達もできたから善しとするかと思いつつも、日々の疲れが溜まる一方である。
本船に戻るとヴィウィはこの、相手をしてくれる友人ツミアナに愚痴を漏らして解消させてもらう。事務で備蓄管理担当の彼女とは、関わりはするが仕事上の摩擦が生まれない関係にある。楽だし、外宇宙で働く女性が少ない中で年が近いのもラッキーだった。
「もう本当に、あの会社どうにかなりませんでしょうかね」
年上だし先輩でもあるツミアナに、ヴィウィは形ばかりの敬語を使う。彼女はヴィウィの愚痴を、ふふふと笑って聞き流す。愚痴がエスカレートしそうになると目を逸らされるので、はっとなる。こういう女性をいい女って言うのだろうな、とヴィウィは尊敬している。
彼女はヴィウィの愚痴をひとしきり聞き終わると大抵こう言う。
「でも女の身で営業配達するなんて、すごいわ。大変なんだろうなって思うから私にはできないけど、ヴィウィには続けて欲しいな」
ツミアナが人を担ぎ上げるのが上手いのか、ヴィウィが単純なだけなのか。彼女に誉められると明日も頑張ろうという意欲が出るから不思議だ。ヴィウィが「大したことないですから本当に」と照れて、会話が終了する。
だが今回は違った。
珍しいことに、ツミアナがさらに言葉を重ねたのだ。「大したことよ」と。
「自覚なさい。大型船の免許とって、はるばる外宇宙まで来たのよ。あなた宇宙人になったんだから。これは誇りでもあるのよ」
「は、はい。すみ……いえ、ありがとうございます」
人には「すみません」でなく「ありがとう」と言えと教えてくれたのは誰だったか。ぎこちなく頭を下げながらヴィウィは、営業所長を怒らせた自分の言動を思い出していた。
大きく集荷を待たされたフライトは、ツミアナから助言を貰った直後だった。きっと予期していたのに違いない。ヴィウィは客に対して感情を隠さず、思い切り顔をしかめてしまった。
「10日も?」
約束していた集荷物がまだ完成していなくて10日かかるというのだ。数時間や一晩なら今までにもあった話なので対応可能にしておいたのに、さすがに10日となると段取りがすべて狂う。こちらが手配した地球行きの便も遅らせなければならないし、この商品を待っている先方にも10日遅れる旨を伝えなければならない。これまでの経験からして、このトンデモ会社が先方に納期遅延連絡なんて入れているわけがない。責任所在を明確にしておかねば、また言いがかりをつけられる。
「困ります。だって約束してたじゃないですか」
「予定は狂うものだ」
トンデモ会社ワムの玄関で言い争うも、最初から分かっていたことだった。ヴィウィが折れざるを得ないのである。何しろ自分はお金を貰う身だし、辺境じゃ予定が遅れるなど当たり前だと言われれば黙るしかない。確かにヴィウィ自身だって今まで失敗したことがなかったわけじゃない。データ入力を間違えて、配達荷物が別のユーザーに行きそうになったりなどしたこともある。
会社とは言われなければ分からない、大きな倉庫か基地かといった建物。ウエイダなるチームリーダーと言い争う後ろで何やら従業員が働いている、その規模は大きい。積み上げられたコンテナに何が入っているのかは、プライバシー保護条約により明かされない。違法な品かも知れない一方、警察が関わる事態になろうとも運送会社に責任はないとする法律だ。だからセキュリティには厳しい。本来、破損したなどとクレームをつけられるはずがないのに。
何を言われるかと戦々恐々としつつ営業所に連絡を入れる。所長の顔を見たくなかったのでモニターはオフの方向で。
すると思いがけないほど、ほがらかな声で応答された。
「仕方がない。待ってやれ」
「いいんですか」
「いいも何も。お前が10日そっちにいる方が2回も往復させるより安いんだから仕方がない」
ああそういう意味ですか。と口に出しかけて、ぐっと飲み込む。失態は失態だ。ヴィウィの沈黙を肯と取ってか所長がしゃべりだす。こっちの配達手続きは別の者に頼むから、と。
「結構です。出荷手配も地球への連絡も自分でやります」
「そこからか?」
「10日もあるんですから」
「無理」
「はい?」
あっさり言われて、きょとんとなった。
「地球へコールしてみろ。つながらない」
そこは辺境だからなと言われて気がついた。星雲から出ているような端っこなのだ。途中に乱磁流もあった。母船の通信機ならともかく、小型船じゃ太刀打ちできない。
ということは何もできず、ただ悶々と10日間も納品を待たなければならないのだ。幸い小型船104には、半年は生活できる備蓄がある。遭難した時の為である。ヴィウィは通信をきった後、念のため地球とはつながらないことを確認してから、備蓄の点検をした。棚にクラッカーが入っていたので、さっそく一枚食べてみた。
「まずい」
声に出して噛み締めたら、なぜだか泣けてきた。
きっと所長は、暴言を吐いた小娘に意地悪をしているのだ、とさえ思える。だって他の所員は涼しげな顔で易々と仕事をこなしている。あくせくしているのはヴィウィだけだ。仕事に慣れてないせいもだろうが、それにしても地球人だからという理由で放置されている気がしてならない。
個人至上主義だと聞いたことは、あった。外宇宙では人を頼らない。自分で出来ることだけを自分でやるのが原則なのだと。
ここまで辺境に飛ばされても、お前は自分でできるか? と、所長に問われている気分である。だから、やってやると奮起した。なのに何も出来ない状況に追い込まれるとは。陥れられたのだ。
「ここでも嫌われ者か」
美味しくないクラッカーをかじりながら、ごちる。クラッカーさえも、わざと不味いものを104にあてがったんじゃないのかという気になってくる。そんなわけはないのだが。備蓄担当はツミアナだ。彼女に嫌われる理由など……あるとすれば……会えば必ず愚痴っていたことか。自分だってそんな子、嫌だわ。
イジメという悪趣味な遊びは、その気になれば幾らでも陰湿になれる。いったんターゲットにされたら、嫌がらせの実態と解決策を公に明かすのは難しい。人間が陰険なのは狭苦しい地球のせいだと考えて逃げ出したけど、しょせん人間はどんな場所でも人間で。逃げるような者には冷たいらしい。なんて一人で悶々としていたら、また泣ける。
今の自分が、クラッカーごときで落ち込めるほど、へこたれているだけに他ならないと信じたい。
ヴィウィは輸送船から出て、客先ワムの戸を叩いた。皆が怪訝な顔をしているのを盗み見て尻込みしかけたが、怖ず怖ずと申し出る。
「手が空いてるので、何か手伝いできればと思って」
「ない」
即答に絶句していたら、補足された。
「素人が手伝える仕事じゃない」
「そう、ですか」
積み荷を知らない以上、仕事内容だって知らない。素人がと言われては次に繋がる言葉もない。
ヴィウィは引き下がり、未開の夜を一人寂しく迎えるしかなかった。いや未開拓の土地で朝を迎えた経験ならある。この船での仮眠も食事もしょっちゅうだ。なのに今回に限って、耐えられない寂しさと屈辱を感じている原因は……言わずもがなである。
まさか辺境で寝泊まりすることになるとは思わなかったので勝手に困るが、104に引きこもっているぶんには問題ない。ドーム内では星など見えず味気ないので、ふて腐れて寝るしかない。
幸い104には転送対応コールドスリープカプセルが設置されている。寝てしまえばいいのだ。
~続く~
「小説家になろう」のシステムに慣れていないので、不備とかあったら申し訳ありません。