捕まえたら一億円が貰えるツチノコ姉さん
「あー、オホン。響さん。少し疲れましたね、あそこのベンチで一休みしませんか?」
「ええ」
日付はいつの間にか土曜になっていた。
夜中の公園には俺達しかいない。
「響さん……」
ポケットから指輪を取り出す。
この日のために我慢に我慢をミルフィーユした、給料三ヶ月分のダイヤの指輪だ。
「お、おー、俺とー! 結婚ーをー! してーくだーさいー……ッッ!!」
ひっどいプロポーズだ。
しかしやってしまったものは仕方あるまい。
目を思い切り閉じ、指輪の受け取りを願う。サインは結婚届に、なんて冗談は置いておこう。
「ごめんなさい……」
「──カッ……ッ……!? ァ……!!」
喉が引き千切れるような苦しみに襲われた。
しくじった。人生最大の賭けに負けた……。
俺の人生はもう終わりだ。
「私、今まで黙っていたんだけど、実は四股していて……高田さんは誠実な人だから騙しているのが申し訳なくて……! ごめんなさい……!!」
彼女の最後の置き土産は、俺の心を酷く打ち砕くものだった。
「よ、四股ぁ……?」
よろよろとベンチに辿り着く。しかし手が滑りそのまま地面へ不時着。仰向けで見る夜空はとてもきれいだった。
「──ツ、ツチノコ! ツチノコだっ……! やった……!!」
──ガッ!
「おわっ!!」
「いでぇ!」
誰かが俺につまづいた。
横っ腹を思い切り蹴られ、涙混じりの鼻水が飛び出る。踏んだり蹴ったりとはこの事か。
「誰だこんな所で寝やがって──ってツチノコおらん!! 何処や!? オイラのツチノコ!!」
「いでででで!!」
オッサンらしき人が俺の上を行ったり来たりするのだが、知ってか知らずかわざとだろうと云わんばかりに俺を踏みつけていく。
「……ワレェ!! ワイのツチノコちゃん逃げちまったやないかい!! どないしてくれんねん!!!!」
「……何のことでしょうか?」
「すっとぼける気かアホンダラ!! お前がココで寝てるから躓いてツチノコちゃん離しちまったじゃねーかタコォ!! 弁償せんかダアホ!!」
凄まじい剣幕で俺の胸ぐらを掴み、紫福を飛ばしてくるオッサン。ディスタンスの心得はどうした……。
「……それ、本当にツチノコでした?」
「ワレゴラ! ワイを疑っとんのか!? アレは正真正銘のニホンツチノコじゃい!! 捕まえたら一億やぞ!? 払えんのかオイ!!」
ツチノコなんか居るわけない。このオッサン、酒臭いしきっと変なゴミでも拾って勘違いしてるのだろう。
「お、落ち着いて下さいツチノコなんて居ませんって」
「ワレェ!! 一億払わんかタコォ!!」
「ぐおっ……!」
突き放され頭を地面に強打した。一等星よりも明るい星が目の前にチラついた。
「……ん? ほほぉ。兄ちゃんプロポーズするんか……いや、したんか? へへへ、てことはしくじったんか!! アホやなたわけやなド畜生やな!! これはツチノコちゃんの代わりにもろてくで!? ええな!!」
「お、おい……!」
なんてことだ。理不尽な理由で指輪を取られてしまった!
慌てて立ち上がろうとするが、オッサンは俺の顔に砂を飛ばしてきた。砂が目に入り、視界が完全に遮られた。
「グッ……!!」
「じゃーなトンチキ兄ちゃん!! あばよ!」
オッサンは何処かへと走り去った。
その後、辛うじて目が開く程度に落ち着いた俺は、水道で目を洗い、自販機で無果汁のオレンジジュースを買い、とぼとぼと歩いて帰った。
「あー、もう最悪だ……」
まるで奈落の底に落ちるような感覚。
給料の三ヶ月分だぞ!?
クソッ! 明日被害届とやらを提出してやる……!!
シャワーを浴び、裸のまま冷蔵庫を開け、ビールを一つ。
「……間違えた、これノンアルの方だ」
一気にノンアルコールのビールもどきを飲み干し、ラベルを確かめるように別のビールを取り出す。仕切り直しの一気飲み。
「アイツが置いていったワインも開けてしまえ……!」
友人の忘れ物の赤ワイン(特売品)を掴み、コルクを開け…………開けられない。
「開けるやつない」
仕方ないのでコルクを割り箸で押し込む。そのままラッパ飲みしてやった。
「くーっ! 効くぅぅ~!!」
冷蔵庫からアダルトビデオを取り出し、有機ELのテレビで分割の四画面で同時再生。四つ全ての画面に同じアダルトな映像が映し出された。特に意味は無いが気分だ。意味無しついでにリピート再生にもしておこう。
「よーし……」
ベッドに大の字になり、何かしてやるかと意気込んだ辺りで急激な眠気に襲われた。
「……Zzz」
──チュン、チュン。
「……あ、寝てしまった」
気が付けば朝だった。ズキンと鈍い痛み。頭と脇腹と頬だ。二日酔いとオッサンが躓いた所だろう。頬は知らん。
「……?」
何故か隣に誰か寝ていた。金髪の若い女だ。
デリヘル頼んだっけ? てかデリヘルが寝たらダメじゃん。間抜けにもほどがある。
テレビでは何故か四画面でアダルトなビデオが再生されていた。夜中ずっとついていたと思うと軽くホラーだ。
何故四画面?
「……なんだ夢か」
とりあえず今日は休みだし、うん、寝よう。
「……Zzz」
俺の横で誰かがもぞもぞと動き出した。
「朝です。起きてください」
やはり夢ではなかった。
と、なると……この女はやはり昨日俺が呼んだデリヘルだ! 添い寝コースかなんか頼んで法外な請求がこれから待っているだ……!! 終わった……。
「……」
観念して目を開けると、タオル片手で前を隠した金髪の若い女が、反対の手で髪をかき上げながら微笑んでいた。
「……すみません。お金なら無いんです」
「ふふ、違いますよ。強盗じゃありません」
「デリヘルさんですよね?」
「わたしは、昨日助けて頂いたツチノコです」
「……(笑)」
冗談にもほどがある。
いくら昨日オッサンにめたくそにされたからと言って、これは無いだろう。
「あなたが助けてくれなければ、わたしは今頃大変なことになっていたかもしれません」
「いえいえ、あ、玄関はあちらです」
「お礼をしに参りました」
「足りない分は必ず払いますので」
「あなたの妻にして下さい」
「指輪が帰ってくれば──はあああ!?」
今この人なんと!?
妻!? 刺身の……ツマ!?
気でも触れたのかと。何が起きたんだこれは!!
「落ち着こう」
「わたしはとても落ち着いてます」
「服を着よう」
「はい」
お互い背を向けて服を着る。
服があるって、いいね。
「さて、あのアダルト四画面はなんだろう?」
「あなたが昨夜つけたものです」
「うん、消そう」
「はい」
ツチノコさん(自称)がディスクを取り出し、丁寧にケースへ戻し、冷蔵庫へしまった。
「何故隠し場所を知ってるんですか!?」
「あなたの事ならなんでも知ってます。まあ、正確には触れたら分かるんです」
触れたら!?
て、事は……俺昨日、こちらの金髪お姉さんと致した!?
「あ、変なことはしてませんので」
「え?」
「あなた揺すっても擦ってもぶん殴っても起きませんでしたので」
「頬のはあんたかい」
「ツチコと気軽に呼んで下さい」
「ツチコ……さん」
「さんは要りません」
「ツチコ……」
「はい」
にっこりと。金髪の、若い、乳のある、むっちりとした、若い、乳のある、可愛い女性が、目の前で微笑んだ。うん、お金を払おうか。
「おいくらです?」
「だから違いますってば」
口に手をあて笑う仕草が可愛らしい。財布に五千円しか入ってないけど足りるだろうか?
「不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ」
ペコリとお辞儀されたので、反射的に返した。
よく考えたらこの人、夜中に俺の部屋に侵入して四画面アダルトビデオを見ても気に留めず、全裸で俺のベッドに入ってきたんだよね、ね?
……勿体ない事したかな。
捕まえたら一億……一億円プレイ。
「……どうしましたか?」
「いえ」
「ふふ、一億円プレイでもなんでも大丈夫ですよ? あなたの妻ですから」
「──!?」
どうやらこの人は俺の心を読めるようだ。迂闊なことは考えないでおこう。
「いいんですよ? エッチな事、いーっぱいしてくださいね?」
「最高やんけ!!」
飲みかけの赤ワインを一気に飲み干し、ツチコさんをベッドへと押し倒した。着たり脱いだり忙しいがそれもまあ一興だろう。
「捕まえた」
「捕まっちゃいました♡」
「食べちゃうぞー」
「蒲焼きにされちゃいます~♪」
「はは」
「ふふふ」
被害届は月曜に出した。