1-3「ここ、ここ。こっちこっち」(3P)
「……ああ、まあ。
いい匂い……ではなかったかな。
籠るような、甘いような……
不快になる匂いがした」
「新しい香水とかかな?」
「……うーん……」
ぽん、と返ってきたミリアの言葉に首を捻る。
「……どうだろう。『香水』って感じじゃなかった気がするけど」
「流行ってるの?」
「…………俺に聞くなよ…………
さすがに、香水の流行りはわからないから」
間髪いれずの問いかけに、呆れ声で返す彼。
反応がいいことは悪いことではないが『少し考えてからものを言え』と、胸の内で思うのだが──
『とりあえずさておき』、である。
胸の内で(それを言う義理もないか)と片付けて、ため息混じりに首を捻り、
「…………まあ、匂いなんてものは本当に好き好きがあるから……あながち「無い」とは言い切れないよな」
「それね。
人の好みなんて千差万別だもんね~。
あ、こっちこっち。ここ、左」
言われ、淀みなく動いていた足を止める。
声に引っ張られるように目をやれば、ミリアは──
店と店の間、細身の大人の肩幅ぐらいしかない通路を指し、ニヤリと笑い、そこへ入っていくではないか。
──── 一瞬、エリックも怯むその狭さ。
『え、ここ?』と小さく声を漏らす中、しかしミリアはお構いなしだ。
通路をふさぐように置かれた植木鉢をまたぎ、すたすたと路地の中へ。荷物を持ち逃げされる可能性など、微塵も考えていないらしい。
遠のく彼女に一拍、二拍の遅れをとって、エリックも路地に足を踏み入れた。
壁と壁の間。
見上げる空はとても狭く
ただの店の壁が──まるで、切り立った谷のように感じ、底を歩いているような気分だった。
「……こんなに狭い路地を抜けるのか?」
「近道なんだ、ここ。
ソコいつも水たまりあるから気を付けて~」
訝し気な言葉を歯牙にもかけず。
ミリアは、水たまりの説明なんぞもしながら、すたすたと路地を抜け──……