3-8「お願い、黙ってて!」(6P)
彼の愁いの言葉を、軽くやんわりとフォローしたのはミリアである。
彼女は『そんな理想論』を抱いている人間じゃない。どこにだって悪人はいるのだ。変人もいるし、能力のある人もいる。
──『綺麗ごとでは渡れない』。
そんな価値観を根っこに持っているミリアにとって、彼の意見は『究極の理想論』に他ならなかった。
隣で『意外にも理想論を口にする彼』に。ミリアは軽い足取りで彼の前に躍り出ると、後ろ向きに歩きながら、いたずらがばれた子供のような顔で彼を見上げ、両手をぱちんと合わせるのだ。
「…………えーっと、だから、
その──~……。
秘密にしてくれると うれしーな───って」
「…………ああ。もちろん。
安心してくれていい。
俺、口は堅いから」
「……おにーさんっ……!」
「……”エリック”だ」
頼まれ即答した彼に、うるるっと瞳を潤ませて。
祈るように両手を強く握るミリアに対し、エリックは何度目かの、同じセリフを吐いていた。
もうすでに、様式美となりつつあるやり取りに、息つく彼の隣
感動で彩った表情を、安堵の笑顔に変えて
浮足立った様子で自分の少し前を歩くミリアは
『あーよかったあ、生き延びたぁ、社会的に死んだかと思った、ふう~』などと、漏らしている。
──────フ、……!
そんな彼女の切り替わりように、笑った。
(……本当に、切り替えの早さだけは負けるな)
緩やかに呟く彼は、気づいていない。
この先、彼女に何かを依頼する際。
彼女を強請ることができるだけの、切り札を得たことに。
彼女の立場を揺るがすような秘密を得たことに。
それが『使える』という発想に至らぬまま
エリックは浮き足立って先を歩く彼女に
改めて もう一度
その質問を、投げかけた。
「…………で、
理由については聞いてもいいのか?」
「りゆう?」
「そう。
……まあ、純粋に知りたいだけなんだけど。
『君が、ここに来た理由』。
街道が設けられているとはいえ、パサー山脈を越えてきたってことだろ?
……なにか相当な理由が」
「だって。」
少しの間。
視線を送るエリックに、ミリアは十分間をとって────
「──────」
「…………はっ?」
その理由に、エリックは間の抜けた声を上げたのであった。
#エルミリ




