3-8「お願い、黙ってて!」(3P)
人の意識……いや、民衆の意識など、そう簡単には変わらない。
どれだけ説こうと、中年以上は女性に対する扱いを改めない。どれだけ説こうと、こびりついた価値観はなかなか変わらない。
ウエストエッジの一角。
住宅街の路地、雨上がりの昼過ぎ。
黙るエリックのその前で、少し緊張した面持ちの彼女は『こつ、こつ、こつ』と、ゆっくり石畳を踏みしめながら、祈るように手を合わせ口元につけると、ちらりと目配せして言うのである。
「…………言わないが吉。
……あーっと……、
ここの人たちの事、信じてないわけじゃないよ?
いい人ばっかりだし、オーナーとか、親以上に感謝してる。
うちの職人もすごいし」
言いにくそうなその顔は、如実に彼女が『そうならないように努めている』のが現れている。
「……でも、言う必要ないものは、言わなくていいじゃん。
特になんか────、その、
………………できるわけでもないし」
「………………」
最後は、申し訳なさそうに眉を下げ、瞳を迷わせながら気まずそうに肩をすくめるミリアに沈黙した。
ああ、返す言葉が見つからない。
エリックは本来、口が達者な方である。
貴族関係の交流なら相手に敬意を払いながら対応できるし、どんな嫌味を言われてもにこやかに返答してきた。
依頼関係ならもっと容易い。上下関係だけだからだ。
『だから』、と言っては少々違うかもしれないが──民族の違いについて、このように意見してくる人間などいなかったのである。
(────外の人間だからこそ、か……)
いまだ、所在なさそうに肩を落として歩む彼女に呟いて、エリックは考えを巡らせて──
「────なら、ミリア。
…………君がナンパに対して力を使わなかったのは、そういうこと?」
「…………!」




