9-2「二の刻 東の空 光りたり」(3)
悩み絡まった糸をぷつんと切るように。
何気ないトーンで投げられた話題に、ミリアは顔を上げて聞き返した。
勢いよく上げた顔の先、飛び込んでくる真面目なコルトの作業の様子。
そんな彼から素早く目を外して、ミリアはひとつ、呼吸を落とすと、気のないトーンを装填し、
「……ああ~……なんか、えっと、東の空に見えたってやつ?」
「あれ、すげーよなー!」
「……夜中に光ったって?」
「二時とか。それぐらい、って言ってた」
「……みんなよく起きてるね……普通そんな時間に起きてないでしょ……」
コルトの言葉を半分に。
べらりとめくる、カタログとパターン集。
〈気のない様子〉を〈全力で用意して〉、やれやれを前面に出しつつ、作業に戻るミリアのそばから。
コルト・クロックは、ぐるんとミリアに顔を向けると、そのぼさぼさの前髪の奥からスカイブルーの瞳を煌めかせ、言うのだ。
「あんね? そんだけじゃなくて、さ」
「ん?」
「モダリ渓谷、あそこ、光る谷になってたって。」
「…………へえ~…………」
気のない相槌で流す。
正直、広げたい話題じゃなかった。
しかしコルトのテンションは上がりっぱなしだ。
工具を右手に握りつつ、わあ! と手を広げると、
「だって、モダリ渓谷だぜぇ!? 『深淵の闇』が、昼間みたいにピッカー! って。あれ、始まったのがおれのガキん頃かららしい! みっちゃん、見てみたくね? 行きたくね??」
「いつ光るかもわかんないのに~? わたしは仕事があるのでちゃんと寝るよ~」
「ちぇええええ。オトナってつまんねええええ」
「養ってもらってないので。
一人で生活してるので。
お給料もらってるのに寝るわけにいかないの」
「夢がねーなあ」
「なんとでもおっしゃい。体は資本。寝ないとだめ。」
ぶっすーと呟くコルトを、ミリアは大人の意見で両断した。
コルトの言い分もわからないではないのだが、親元で生活しながら少し家を手伝っているコルトと、ひとりで生計を立てている自分では、しなければならない作業工数が違うのである。
今日だって、帰ったら最低限の家事が待っている。
服だって洗って乾かさねばならないし、床に最弱ウィンドをかけ、ウォルタで清潔にし、ドライで水分を飛ばさねばならない。
(──ああ~……そうだ、朝のお皿そのままだった~……うわ~、だるぅ……)
連れ立って思い出した皿の存在にげんなりするミリア。
どうしてこうも、魔法道具が発達しているのに小さな家事は自力なのか。
(はぁ、ウォルタでバブルして小さくドライするのもめんどくさいのになあ。マジェラの魔法道具開発、気合入れてソコ作ったらいいのにっ)
と、愚痴。
(っていうかそもそも、いつまで魔法で運搬させんのよ~。それこそ道具でできるようになればいいじゃん。魔導士皆がうまく家事魔法できると思うなよッ!? はぁ~『全魔道家事業務代行魔法のロジック構築を求ム。切実。)
──なんて魔道具開発省相手に、届かぬ愚痴を言いながら。
ダルそうに表情パーツを下げると、そのままちらりと顔を向け、真剣にシャルメをいじるコルトに声をかけた。
「……で、コルト、それ直りそう?」
「つーかみっちゃん。これ。なにしたの」
「なんもしてない」
──かっしゃんっ。




