1-2「それは知らなかったよ、お嬢さん?(3)」
「…………なあ、これ、君のだろ?」
「…………あ! うん、それ『糊』!
ありがと〜!」
渡す彼に、勢いよく。
さっと振り向き『糊』のケースを手に取るミリアは、笑顔で『あぁよかった、これも高いんだよね~、なくしたらショックだった~』など言いつつ、両手でそれを包み込んでいる。
そんな『切り替えの速さ』に
(────……さっきあんな思いをしたのに、随分肝の据わった女だな……)
無意識の内につぶやいていた。
見守る彼女はご機嫌で、先ほどの騒ぎを気にもしていないように取れたのである。
そして、『なんとなく』。
エリックも、自然とそこにしゃがんで、散らばったものに手を伸ばし、
(──ボタン・布、針……
これは、フリル? いや、リボンか?)
一つ一つ、確認・観察しながら拾いあげ、数を数える。
針、ボタン。布の厚み。
『趣味の範囲』だと言えばそうなのかもしれないが、それにしても数が多い。
(…………ということは、縫製店勤め……なのか?
──てっきり食堂とか魚屋の娘かと思ったんだけど。
……たしかに、指先が少……ん?)
声には出さずに様子を窺う彼の瞳が──
彼女の指を捉えて、止まる。
────その指。
プルプル。
ぷるぷる。
小刻みに、微振動。
(…………へえ…………?)
そのさまに
すぅーっと引く顎 細める目
右のてのひら 隠す口元 頬杖で
張り付く笑顔に 声をかける
「………………君。
……あれだけ威勢良く返していたのに、やっぱり怖かったんだ?」
「…………ゥ、」
かけた声に、落ちる、間。
ぴくっと震えて、
固まる彼女、から、
ぎこちなく、向けられる、目。
「…………イ、やッ。こわく、なイよ?」
合わせた視線の先で『カ・ク』っと、ワラう。
(………………ふうん?)
その反応に、エリックは目を細め、緩みそうになる頬に力を入れた。
手のひらの中で唇を噛み締める。
──これほど分かりやすい強がりは、見たことがない。
……こういう態度に当たると、つい突きたくなるのが、人のサガである。
彼は、それを気とられぬよう、興味のなさそうな目つきで視線を促し、
「…………手。
震えてるようだけど、それは?」
「────こッ。」
ぷるぷる震える指を、指摘。
しかし。
「これは────、
そのっ、
………………『キノセイ』、じゃないっ?」
「────ふぅん? 『キノセイ』なんだ?
そうかあ。
君は、俺の目も『木の精』にやられてしまったと言いたいのか?」
「そうそうそうそう!
それそれそれ!
キノセイさんもさー、やってくれるよねー?
ヒッ、
人の体を、こうして、さっ?」
(………………へえ?)
突っ込み待ちか、それとも天然か。
黙って見る彼の胸の中。
悪戯な心がふつふつと湧き起こる。
愉快を押し殺すエリックの目の前で、彼女は今も、ひっくり返った声で
『──ま、まあ? 若干嫌な感じで今も心臓どきどきしてるけど、怖かったわけじゃないし! 死ぬかもって思ったけど生きてるし! 怖くないし!』と、
言い聞かせるように一人でしゃべくりまくっている。
「…………」
──…………なんだろうか。
この……
「だいじょぶだいじょぶ、いける行ける。いける。
────行けますっ!」
…………………………『この』。
「────よしっ! 行くっ!
────セイッ ヤッ!
……ってああああああああっ!?」
「………………ほら、行くぞ」
この
『ほっとけない』感じ。
ぱんぱんに膨れ上がった麻袋に、さらに物を詰め込んで。
彼女が荷物を持ち上げたようとした瞬間、エリックは素早くさらって持ち上げた。
呆れた口からこぼすのは、短くもキレのあるため息、すたすたと地面を踏みしめ歩く足。
そして彼は肩越しに言葉を投げる。
「……ほら。これ、どこに運んだらいいんだよ?
君の家? それとも職場?」
「ちょま……!」
畳みかけるように問うエリックに、彼女は慌てて切り返し、
「いや、いやまって! いいってそんな!
いいから!
そこまでしてもらうの申し訳ない!」
2、3歩遅れて追いついて、取り戻すように手を伸ばす──が、届くはずもない。
「…………はいはい。
……ほら、場所。こっちでいいのか? 早く教えてくれないと、時間がもったいないんだけど?
────ああ……、それとも、」
届きもしない荷物を取り返そうと、まわりをちょこまかと動き回る彼女に、エリックは問いかける。
「…………いっそ、少し休もうか……?
君の震えが止まるまで」
「────結構ですっ!」
その、あからさまなおちょくりに
キッパリはっきりとした『NO!』が通りに響いた。
#エルミリ