9-2「二の刻 東の空 光りたり」(2)
「ああいうの、『靴を舐めたら許してやる』って言いつつ絶対許さないよね。尊厳踏み躙って何が楽しいんだろーね?」
「あれがそーなん? おれ、はじめて、見た」
「わたしも実際にはないな~、歌劇の中ではあるにはあるけど、あれはお芝居だし……」
「『うげぇ』って、おもった。きぞくって、下品だよな~」
「……まあまあ。それは言わないお約束ですよ、コルトくん」
まともに嫌そうに。
顔を歪めて舌まで出して、思いっきり貴族様をけなすコルトを、軽快に窘めるミリア。
ここの客は質がいいが、それでもたまに厄介な富裕層に当たることもある。
──彼らは決まって、高慢で偉そうで高飛車で厭味ったらしく偏見に満ちた、正に傲岸不遜の言葉がよくお似合いの〈アッパーサマ〉だが──
軽々しくお口には出せない。
「──ま。でもここだけの話、そういうのする人、富裕層だよね~。わたしたちよりよっぽど恵まれてるのに、なにをそんな踏みつけたいんだか」
「だーからおれ、あいつら嫌い」
「羽振りはいいんだけどね、羽振りはね。あ、今の秘密ね?」
良いながら「しーっ」と指を立てると、コルトは視線を外さずに「うす」と返事だけをした。
そんな様子に、ミリアは小さくひと笑い。
コルトは自分より八つも下だ。
まるで思春期に育った弟が、不貞腐れながらもそこに居るような気がして頬が緩む。
──それを本人直接言うのは憚られるので伝えたことはないが、コルトを通して弟の影を見ているのは確かだった。
──そんな思春期真っただ中のコルトを視界の隅に。
気分を変えるように息をついたミリアが自然と手を伸ばすのは、『山盛りのカタログ』、『布巻の芯』。
真っ黒になりかけの羊皮紙をひっくり返し、気を取り直して取り組む、『ベロアのパターンおこし』。
オーナーに任せてもらったこの大仕事。
ビスティーには『爆速縫製可能なエルノームの二人』が居るとはいえ、少しでも早く・少しでも魅力的なものに仕上げたい。
(……やっぱりクラシカルな方がいい……
のはわかるけど、
独創性と新規性を組み込みたい……、
ベロアは生地から受ける印象が重めで品があるから、そこは生かしつつ、でも、『この店の華になるような』『みんなが目を惹くドレス』っていうと……、うぅうううん)
「────あ。そーだみっちゃん、『ひかりのはしら』知ってる?」
「光の柱?」




