9-1「……なあミリア。俺は、割と何でもできる方だったんだ」 (12P)
「……あれっ?」
その日、天気は雨だった。
ノースブルク諸侯同盟領・オリオン領西の端。
ウエストエッジの総合服飾工房ビスティでは、今日も平穏な営業が始まるはず──だった。
店の看板を「open」にして間もなく、隣のクリーニング店から預かったお直しを片づけてしまおうと、縫製業界の戦友『等間隔 魔道縫製機シャルメ』に手をかざした時。
異常な沈黙を前に、ミリアが素っ頓狂な声をあげた。
いつもなら手をかざせば淡く光るシャルメの『石』が光らない。
動くように念じてみても、しん……と静まりかえるばかりで動作音すらしない。
「…………あっれ~? え? どした~?」
言いながら覗き込む。
針・糸・胴体……どこも普通だ。
昨日と変わり映えしないのに、うんともすんともいいやしない。
「これじゃ仕事進まないじゃん……外套のお直しあるのに……分厚いの手縫い無理だよヤだよ~」
ぶちぶち言いつつ勢いよく立ち上がり、彼女は、バックヤードの扉を開けると
「ねえオーナー? ピィ? ハニー?
前のシャルメ、動かないんだけど触った?」
「ぴえええええ! ピィ、知らないですぅ!」
「さ、ささささ! 触ってないゾ!」
「──アラまぁ~。壊れちゃったのかしらね~?」
「オーナー……呑気すぎ……、
誰かこれ直せる人……………………………
………………………
居るわけないよね、知ってる……」
途端、わぁ! っと返ってくるそれぞれの反応をひとまとめに、ミリアは少々疲れた声で肩を落とした。
(ビスティー、このメンツで良く営業出来てるな……)
のほほんなオーナーを筆頭に、縫製技術はズバ抜けているが対人関係が壊滅的なエルノームが二人と、自分(秘密の魔法使い)。
ここが抱えている顧客の数も、ドレスやお直しの仕上がりの質も、経費管理も一通り知っているから経営難ではないことは解っているのだが──しかし。
(ほんっと、よく営業できてる。っていうかわたしが来る前オーナー独りで接客してたんだよね? やばい。オーナー、よく生きてた……過労死しないでくれてありがとう、ありがとうオーナー……)
一人虚空を眺め、一人、オーナーの苦労を想像し、これまでの奇跡に感謝するミリア・リリ・マキシマム。
そんな彼女を現実に引き戻す様に声をかけたのは、困った様子で頬を押さえたオーナーだ。
「ミリー? アナタは治せるのかしら?」
言われて反射的に、もう一度シャルメを覗き込んだ。
──しかし、重厚な緑色の本体も、そこに埋め込まれた光る石も、どこがどうだかさっぱりわからない。
「うぅん……覗いてみたけどちょっとわかんない……」
「あらまぁ」
「ぴええええ! こここ、困りましたあ!」
「リ! リリー! お直しこっちじゃ預かれないゾ! い、いま! 無理だゾ!」
「解ってる解ってる、大丈夫、お直しはこっちでやるから、…………でも、動かない事には……」
騒がしいビスティーの面々を背景に。
ミリアはううんと腕を組み、眉根を寄せて考えて──
「……仕方ない、あいつに頼むかぁ~」
こりこりかりかり。
後ろ頭を掻きつつカウンターを回り込むミリアに、オーナーの声が飛んだ。
「当てがあるの~?」
「うん、『コルト』! あの子、魔具いじるの好きだから! もしかしたら何とかなるかもしんない! ちょっと行ってきます!」
みなまで言うよりも早く、ミリアが向かったのは『革工房 クロック・ワークス』。
無自覚にプリンでエリックを煽り、ミリアが『薄氷のエガオ』を目の当たりする原因になった──あの男の勤め先であり、実家である。
→コルト・クロック
「ねみーだりーうぜー」が口癖の、皮革工房の息子。
以前ビスティーに訪ねて来たのを、エリックに目撃されエンカウントしている。
エリックより先に「ぷりん」を食べていた。
エリックとしては気に食わない存在である。
(まあエリックが、気に食わないヤツが多すぎるのは言わないお約束)




