8-12(8章完)「……幸せお兄さんかもしれない……」(9P)
「ええ。実の息子が嫉妬するぐらいには、ね。どっちが息子なんだか疑問に思うぐらいです」
「……ヘンリー……それは」
「ああ、冗談ですって。解ってるでしょう? 冗談ですよ、冗談。ははは、相変わらずだなぁ」
暗に。
『親を取られた』と言われたような気がして。
眉を下げたエルヴィスのそれを笑いで吹き飛ばすヘンリーに、罪悪感と感謝が混ざり落ちた。
ヘンリーはこう笑うが、実際、貴族というのは難しいのだ。
盟主や王の側近となれば、家族を顧みる暇もなく、主君への忠誠を優先することが求められる。時には我が子よりも主君の命・またはその子どもの命を守らねばならない。
それが、幼子にとってどれほど寂しいことなのか、今の彼にはわかるつもりだ。
親を取ったと言われ憎まれても仕方ない。
しかしヘンリー向けてきたのは、清々しい信頼の意。
まるで『そんなこと気にしちゃいないですけど』と笑い飛ばす様に肩をすくめると、彼はきりりと真面目なまなざしで問いかけるのだ。
「──冗談はさておき、頼って下さいよ閣下。何のためにボクら五大貴族が居るんです?」
──ヘンリーの微笑みに、脳の奥。
ミリアが述べる。
『しごと、任せたらきっと、喜ぶよ、あのひと』
それを裏付けるようにヘンリーは、薄紫の瞳を輝かせこちらに向き直ると、騎士の礼を正しく捧げた。
それは儀礼ではなく、心からの誓い。
まるで剣を捧げるように、迷いなく。
「──ランベルトはオリオンを──
いえ、エルヴィス様。
あなたを支えます」
「──……なら、頼む。
ランベルトの手を貸してほしい。ヘンドリック」
「……もちろんです、エルヴィス閣下! 喜んで!」
「はは! よし!」
──目の前で。
まるで少年のように拳を握るヘンリーに、エルヴィスは肩の力を抜いていた。
ああ、なんだ。
こんなことだったのか。
腹の力が抜けていく。
張りつめていた気持ちがほどけていく。
頼れないと思っていた。
自分でやるべきことだと。
相手の迷惑にもなると、そう思い込んでいた。
けれど、
──『ほら! 喜んでくれたでしょ? だから言ったじゃん、ふふふん』。
頭の中でミリアが得意げに笑う。
その通りだな、と、彼は頭を垂れてほほ笑んだ。
そんな想像が更に安堵を呼び込んで──力が抜けた。
以前、ミリアに語った言葉が蘇る。
『世界が広がっていく』
『足元に火がともり、周りが見えるようになっていく』
『見ていなかっただけなんだと気づかされる』
──あの時は、まだぼんやりとした『感覚』だった。
けれど今。
確かな変化として、胸にある。
踏み出せば応えてくれるものがいる──
(──俺は今、心地いい変化の中にいる)
ゆっくりとですがこれで8章完結です。
9章の手直しと公募の原稿叩いてくるので、またGWぐらいにお会いしましょう。




