8-12(8章完)「……幸せお兄さんかもしれない……」(6P)
焦りを乗せて呟くヘンリーに、盟主の声が鋭く響いた。
──人は、何かに縋り生きていくものである。
それが何かはそれぞれだが、長い人生を生きぬくために、希望を失ってはならない。貧民街で宗教が生まれる原因はそれだ。『今、信じている神が駄目なら、新しい神に願えば、生活が改善し幸せになれるかもしれない』と流れていく。
そうして今まで、人類は歴史を刻んできた。
もちろんまだ仮定の域を出ない話であるが、エルヴィスの中──一度走り出した懸念は止められそうになかった。
「……彼らが、『新たな宗教を持ち込んでいる』……そう仮定した場合、結末は最悪だ」
頭の中で広がる未来絵。
「貧しい生活の中で、それでもなお女神を信仰している者たちに幸せを問いかけ、疑問を抱かせ不安を煽り、新たな救いを差し出す……新興宗教の布教にうってつけだ」
「……しかも、住民はほとんどアルダーの民……! 残りのスープにまで神を見出す種族です、そんなことされたら一気に……!」
「──ああ、最高の土壌だ。これ以上ないぐらい、な」
「………………………いやいやいや待てまて待て、待ってくださいこれ、……行きつく先は内乱……って可能性もありませんか? もしそうなら……! 血の雨が降りますよ!」
小型竜の喉音が響く中、ヘンリーの慌てた声が耳を突いた。
──そうだ。最悪はそこだ。
信じる神の違いは、これまでも幾度となく血の雨を降らせてきた。
シルクメイル地方としてネミリア教を広め、教えを一つに安寧を保ってきたが、もし、何者かが教会及び国を亡ぼす目的で開宗を進めているとしたら?
──その末端が『幸せお兄さん』だとしたら──……
無辜の民はやがて暴徒となり剣を取り、多くの命が失われるだろう。
「……閣下……あの」
ヘンリーの声が不安に揺れる。
それはエルヴィスも同じだ。
しかしここで、まともに動揺するわけにも、狼狽えるわけにも行かない。
沈黙が重くのしかかる中、エルヴィスは決意を込めて顔を上げると──ヘンリーに向き直り、告げた。
「……ヘンリー。頼みがある。俺に力を貸してほしい」




