8-11「ボア・ドミニオンは知っているか?」(4P)
「話は変わるが、ヘンリー。ウエストエッジのチェシャー通りを歩いたことはあるか?」
「…………? チェシャー通りですか? いいえ?」
(だろうな)と呟いた。
がっかりしたのではない、『想定通り』だ。
ウエストエッジはそれなりに広いし、以前ヘンリーが歩いていたミルキーパルクとチェシャー通りはやや離れている。
貴族のヘンリーが(たとえ女遊びをしていたとしても)好んで歩く場所ではないのだ。
──それらを頭の中で片づけて。
「なーんでまた?」と首を傾げ待っている様子のヘンリーに、エルヴィスは息絶えた蚤を屑籠に放り、煮沸用の瓶に針を沈めながら言う。
「…………もともとあそこは配布を行う行商人が多いらしいが、最近特に増えたと近隣の民が言っていてな。少々、懸念しているんだ」
「……懸念、ですか」
「ああ。頒布許可については民生管理局の管轄だから、怪しい物を配ってはいない……とは思うのだが。いかんせん、数が多すぎて把握しきれない」
「…………、頒布物……、頒布物ですか、ううん」
煮沸中の針を横目に、エルヴィスはヘンリーに顔を向けた。
視線の先、使い古されたホウキを二本持ちながら、何かを思い出している様子のヘンリー。
そんな彼に、エルヴィスはとっさに問いを投げていた。
「何か気になることでもあるのか、ヘンリー?」
「え? いえ、ああいや、まあ。気になるっつーか。”そういえば”、程度なんですけどね?」
がりがりがりがり。
左で額を掻きながら、眉もひそめて。
ヘンリーは迷いを露わに瞳を泳がせると、《関係あるかわかりませんけど》を前面に──言う。
「……配布物っていえば、オースティンがそんなこと言ってたなあ~って」
「オースティン? 「女狩りのオースティン」か?」




