8-10「密談は小型竜《ワイバーン》と共に」(6P)
「……ああ、鱗が膨らんでいる。鱗回蚤が居るな。針を貸してくれ」
「うわ~……派手に膨らんでる。こりゃ痒いでしょう、こいつも」
翼の付け根。ぼっこりと膨れ上がった鱗見つけ、めくりあげ露わになった患部に声を上げた。
真っ赤に腫れあがり傷になっているそこで、親指の爪ほどの大きさの虫が蠢いている様子に、二人そろって眉根を寄せた。
鱗回蚤。
主にドラゴンやワイバーンなど、大型の爬虫類に寄生しており、見つけ次第処置が必要な害虫だ。エルヴィスは慣れた手つきで針を構え、患部に一刺しして駆除する。
小型竜の飼育を教養として叩き込まれている貴族にとっては、これぐらい出来なければ資格がないといえるだろう。
『ギュオオオ、』と声を上げる小型竜のために、薬瓶の布を絞るエルヴィスの後ろから。毒を抜くように布を押し当てながら、今度はヘンリーが、途切れた話を繋ぐように、口を開いた。
「──で。例の事件ですけど。ベルマンがやってるんですよね?」
「ああ。被害者の女性の身辺を徹底的に洗っているようだが、どちらも遊びが盛んだったことぐらいしか掴めていないらしい。男女間の関係性が冷え込んでいる社会問題が嘘みたいだな」
やや疲れた声で答えた。
そして同時に思うのだ。
この場所を選んでよかったと。
会話が竜の喉音に消されているのが心地いい。
ヘンリーが少し騒ごうが、大げさに振舞おうが、全て竜と喉鳴りが守ってくれる。
そんな安心感を実感するエルヴィスの横、ヘンリーは患部を拭いた布の面を変えながら言う。
「二極化してるってことじゃないですか~? 『求めるヤツには寄ってくるが~、求めないヤツには与えられない』、至極当然のことが『当然』になっただけだと思いますがね」
「……求めていないが寄ってくる場合は? 鬱陶しくて溜まらないが」
「はっは~。兄上と同じこと言ってますよ。爵位持ち・土地持ちの長男ってぇのはどうも、愛を愛だと信じきれないタチにあるみたいですねぇ」
「………………」
肩をすくめ腕を広げ、おちゃらけて皮肉るヘンリーに、うんざりを込めた沈黙を返した。
確かにそうだ。
欲に染まった女どもの『お慕いしております』ほど、汚らしい言葉はないし、それを目論む父親家族どもの面ほど醜悪なものはない。
愛だの恋だの、人は簡単に口にするが。
金と立場に群がる蛆虫に晒され続け、それでもなお、見えぬ『愛』などを信じられるほうがおかしいと感じてしまう。
(──庶民に生れ落ちていれば、話は違うのだろうか)と一瞬ちらつくが、それを即座に横に流して、エルヴィスはいつも通り呆れた視線を彼に返すのである。




