8-10「密談は小型竜《ワイバーン》と共に」(1P)
『──人目を盗んで話し込む』。
この難しさは、場所と相手に寄るだろう。
無名の庶民同士なら雑踏にまぎれ小声で話してしまえば誰も聞いてはいないだろうし、後々誰かの話題の種にもなりはしない。
しかし、それが盟主と侯爵の息子であれば話は違ってくる。
場所が場所なら『なにやら密会していた』と言われてしまうし、『何を話しているのか』と聞き耳を立てるものも居る。
──それらを懸念したエルヴィス盟主が、彼──ヘンリー(本名ヘンドリック・フォン・ランベルト)との密会の場所として選んだのは、大聖堂の奥・小型竜の竜舎だった。
※
……ギュオオオオ、……
重い扉を開けた先、響き渡るのは竜の喉音。途端襲い掛かる、かぐわしい糞の匂いに目を細める。
ネミリア大聖堂、奥。
要塞の中に巨大な鳥かごが並んでいるような竜舎は、今日も静かに平穏な時を紡いでいた。
外壁の代わりに、ぐるりとフロアを囲む鉄格子の向こうに見える青い空。悠々と滑空訓練を行う竜騎士と、それに応える小型竜の姿が目にも鮮やかだ。
吹き抜けてくる穏やかな風に、若干目を細めつつ、彼、ヘンドリック・フォン・ランベルトは白亜の小型竜を前にエルヴィスに微笑むと、
「どうです? 見事な小型竜でしょう?」
「ああ、鱗が美しい」
まずはお茶請け代わりにひとつ。
話題を振るヘンリーに、エルヴィスはうっとりと体躯を撫でた。
そんな盟主の誉め言葉が素直に嬉しい。
白亜の小型竜は、ランベルトの自慢の一匹だった。
「ランベルトの自慢のヤツですから! 大人しい顔してますけど、スピードは秀逸! 急ぐ時はこいつに限りますっ」
「……よく手入れされている。ランベルト公らしいな」
呟き、くすりと笑うエルヴィス。
そんな彼に、ヘンリーは──ひとつ、ふたつと間を取ると、白亜の竜から手を離し、
「……って、話って何ですか? まさか、小型竜見たさにここを指定したわけじゃないですよね?」
「半分正解、」
せっつくように聞いたそれに返ってきたのは、盟主の変わらない、澄ました声色。
焦らす盟主に、ヘンリーの中沸き起こるのは妙な不安と焦りである。
盟主エルヴィスに「話がある」と言われたのがついさっき。
てっきりこの前介抱した件かと思い先手を打ってその話題に触れたが違ったようで、丁寧に礼を言われてしまった。
主君に対して当然の行為だったし、ヘンリーはそれを得意げに押し付ける気も無かったのだが、エルヴィスはそういうところで礼節のある人だ。
だからこそ、ランベルトとしても、個人としても忠誠を誓いたくなるのだが、盟主にそこまで礼を言われた動揺が隠せなかったのは言うまでもない。
話しついでに、あの『ミリア』とかいう女性のことも話題に出そうかと思ったが、あれは────
彼女の家で話が着いて居る。
『まるっきり蚊帳の外だがそっちは任せた』と言った手前、手を突っ込み聞く勇気はなかった。盟主はそういうのを好かないと、ヘンリーも重々心得ているからだ。
──つまり、ヘンリーにとっちゃ生殺しである。
『半分正解、』そのあとを続けない盟主にやきもきを育てながら、ぐっと話を待つヘンリーに、すぅっと盟主の息遣いが届いて、




