8-7「おにーさん、わたし旦那さまのことを聞いている」(8P)
「『貴族が庶民の領域に入る場合』と、『庶民が貴族の領域に入る場合』を同一に考えるなよ? 踏み込むことは良しとしても、踏み込まれることを嫌うんだ。あいつらは」
警戒と嫌悪を滲ませるエリックに、ミリアは喉を詰めて背筋を正した。
一気に走り抜けるヒリついた空気。
まるで軍議の中にでもいるような威圧感だ。
エリックは続ける。
「富裕層も同じだ。『我ら、選ばれし者だけが入れる神聖な場に、庶民の屑が混ざろうものなら、場が汚れる』。平気でそう宣い他を貶す。驕りに塗れ、人を侮辱しあざ笑う。そういう生き物だよあいつらは。……まあ大概、そんな屑は成り上がりだがな」
語る声に混じる、明らかな嫌悪と苛立ち。
その鋭い音と静かなる怒りにミリアが息を呑む先で、彼は指を組み厭々と放った。
「……『持つ者』としての教養も教育もありはしないし、誇りと驕りを勘違いしている。……貴族も落ちたものだ。まったくもって嘆かわしい」
「……………………」
「……そして彼らは、自分たちの下を探すことに余念がない。なにしろ貴族・華族の中では最下層だからな。気持ちよく潰せる対象は、おのずと庶民ということになる。
……そんな場所に君が入ってみろ。侮辱され、惨めな思いをするのは目に見えている」
「………………、べつに、そんくらい……」
「俺がよくない。実に腹立たしい。想像しただけでも胃が煮える」
「…………」




