8-6「始まりの”ピチューボ”で」(1P)
時間は午後四時。
夕飯前のピコック通りは、ピークに備えて仕込みをする飲食店の、腹を刺激する匂いで満ちている。
横を行くエリックを見上げながら、密かに腹を鳴らすミリアの視線の先で、エリックは──げっそりと口元を覆うと、
「────女装による俺の尊厳」
「可愛かった。今度も気合入れるね、エルリ―♡」
「……………………もう必要ないだろ……………………」
完全に楽しんでいるミリアに、げっそりがっくり、心底疲れた声で返す彼。
正直、あの地獄はもう二度と味わいたくない。
窮屈なコルセットを外し脱ぎ捨てた時の解放感は忘れられない。
窃盗犯に感謝したいぐらいだった。
そんな苦しみなどつゆ知らず(?)。
おねだりっぽく顎のあたりで指を組み、にこにこのミリアと目が合い、ひとつ。困惑を滲ませた息をつくと、エリックは言う。
「──シャト……いや、お嬢様には、俺が男であることも知れたんだ。そのうえで協力を申し出てくれたのだから、もう小細工など必要ない」
「……ざんねん。いい素材だったのに……」
「あのなあ、」
心底残念そうなその声に、 「遊んでるだろ」──と、言いかけて。勢いよく向けた先、飛び込んできた顔に言葉が絡まった。




