8-5「エルヴィスさまではありませんか???」
(……それを君の口から聞くのは複雑だ)
なぜミリアの口から(他人の)『エルヴィス様にお目にかかりたいの』などという言葉を聞かねばならないのか。
ミリアがそんな気を持っていないのは百も承知だし、なんなら”エルヴィス”は自分である。あるのだが、
なんか。
どうも。
気に食わない。
(ミリアの口でそれを語るな)が胸を舞う。
頭の冷静な部分が自分に呆れる。
(些細な事だろう)と囁きが聞こえはするが、最近の彼は以前よりも少し、素直だった。
ぶすっと不機嫌に腕を組み、呆れ眼でそっぽを向く。大人げないことはわかっちゃいるが、不快が溢れるもんは溢れるのだから仕方ない。
エリックが頭の片隅で(いや、別に取られたわけではないだろう)と葛藤を育てる中。突如、軽く肩を叩かれ顔を上げた、
探す様に巡らせた目の先、飛び込んできたのは、くすりと笑うミリアの顔。
「えるびすさま、罪深い人だね? おにーさんも大変ね?」
「……!」
(……勘弁してくれ、十も離れているし、それを君から聞きたくない!)
なんていうかもうカオスだ。
全不満を瞳と腕組みに乗せ、力いっぱい訴える。
解ってくれとは言わないが、無邪気な配慮が無神経だ。
しかし、そんなエリックの内情を知る由もなく。
ミリアは陽気にぱちんと手を叩くと、くるんとシャトワールに振り向き────
言い放ってくれた。
「でも、シャトワールさま、大丈夫! このおにーさんで慣れていきましょ!」
(────────────────はっ?)
「だいじょうぶ大丈夫、このおにーさん、女性の扱いは慣れてますから! きっと克服できるはずです! れんしゅうれんしゅ」
「────ミリア」
「はいっ?」
「…………勘弁してくれ」
やたらと陽気に「がんばろー!」と述べるミリアの肩を握って。
勢い良く振り向いた彼女にエリックは、固く神妙な顔つきで、絞り出すような声を出したのであった……
※
「──はあ~、とりあえず進展ってことでいいのかなー?」
「……まあ、『潜入の甲斐はあった』、ということでいいだろ。……失ったものも大きい気がするがな……」
「なにを? なんか取られたっけ? カバンはおにーさんが取り返してくれたじゃん?」
エドモンド伯爵邸からの帰り道。
やや雑多なピコック通りを行きながら、渋さを押し出すエリックに、ミリアはきょとんと首を傾げた。




