8-4「本家は爪を隠すもの」(1P)
────闇に潜んで時を待つ。
暗がりの路地裏、男は息を切らせて振り向き、辺りの様子を伺った。
胸に抱えた貴族令嬢の荷物に向かって息をつく。
追手を巻いたことを確認しているのだろう。
高々と荷物を掲げる男の表情は高揚に満ちていた。
「〰〰〰〰〰〰おッっっしゃああ〰〰〰〰!」
響き渡る咆哮には歓喜の色。
闇の中から注がれている視線にも気づかず、それっぽい男はひとり、興奮の声を響かせた。
「初めてノルマ達成ぃぃぃぃぃん! ふわっははは! ざまあみろだぜ、あの浮かれ貴族め! オレサマの実力を思い知ったか! ふわっはっはっは!」
誰に語っているのか不明だが、おめでたいヤツである。巻いたどころか、待ち伏せられているとも知らないで。
ノースブルク諸侯同盟・オリオン領西の端。
ウエストエッジの、ザターナ通りのほど近く。
いかにもな窃盗犯が、いかにもな路地裏で狂喜乱舞しているのを……静かに見守るのは、エリック・マーティン。本名エルヴィス・ディン・オリオン。
この街のスパイのボスで、盟主の男である。
──彼は巻かれてなどいなかった。
伊達に盟主もスパイもしていないのだ。
このあたりの逃走ルートなど把握しきっているし、逃走犯の逃走経路も予測できる。先回りして待ち伏せるなど動作もない。
(──さて。どうしてくれようか)




