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1-2「それは知らなかったよ、お嬢さん?(2)」





 ────びしいいいいいっ!




「な ん か 臭 い し まじで無理!」


「──……さっきから好き勝手言いやがってぇぇぇぇ!」




  刹那、怒号と緊張が場を走り抜けた。ミリアが慌てて目を向けた先、振り上げられた大きな腕に息が止まる。


 


「────わッ……!?」

(────殴られる!)





 走り抜ける危機感。

 反射的に上がる腕。


 瞬時に覚悟した痛みに耐えうるべく、ミリアは全身を固めて”瞬間”を待ったが────訪れたのは、奇妙な静寂。




 何が起こったのか恐る恐る目を上げるミリアの視界いっぱいに飛び込んできたのは、振り下ろした腕をしっかりと握りしめる、エリックの姿だった。






「────……………言ったはずだ。

 『同意のうえで』ってな……?

 …………どうして彼女の方に手が出た?

 言ってみろ」





 言葉なく見上げるミリアの前で

 先ほどまでの呆れた声とはまるで違う




 低く ドスの効いた 声が落ちる




 その声は、冷たく、硬く。

 言われていない彼女の喉も”ぎゅっと”締まるほど。





 エリックの剣幕にミリアが息を呑む先で

 にらみ合うモブ男の顔が、戸惑いと怒りでいびつに歪んだ。


 モブの男が見ている彼の顔は、ミリアから窺い知ることはできない。




 が────……





 その声も、滲み出る雰囲気も。

 場を凍りつかせるのには、十分だった。




「……こっ、……てめっ、この……っ!」

 行き場のない怒りと、右腕から伝わる力に顔を歪めながらも、戸惑うナンパ男を前に





 彼は ゆっくりと、その口を、開く。




「──……ノースブルク諸侯同盟国 オリオン領 条例 第18条5項。

 ”力弱きものに暴力を振るってはならない”……

 …………お前のような(もの)がいるから、いつまで経っても溝が埋まらないんだ」




 言いながら掴み握りしめる腕から”みしっ……”っと骨が軋む音がする。




「……な、なんだ、おまえ……!?」

「………俺のことはどうでもいい。

 ……街から出ていけ。

 貴様のようなクズは、この街に必要ない」


「……っうっるせぇんだよっ、なんだお前さっきからっ、シャシャリ出てきて人をコケにしやがってっ、馬鹿にしてんじゃねえよっ! このッ!! 

 若造がああああああ!」




 怒声とともにナンパ男が強引に腕を振り下そうとした瞬間!

 エリックが流れるように脇を抜けて、その腕をぐりんとひねり上げた!

 



「……いでだだだだっ!」

「────まだ続けるか?」

 



 ────どすっ!


 背後をとって、後ろから壁に押し付ける。

 ヤツが瞳を怒りに歪めて睨み来るが、しかしエリックは怯まない。




「────それとも……

 この腕……、このまま圧し折ってみせようか」





 囁き 流し込むは冷徹な怒り。

 冷ややかな殺意も込めて、男の耳からその奥へ。






「────……覚えておくんだな?

 この街で暴れた奴が、どんな末路を辿るのか」

 




 ようやく姿を見せ始めた巡視の兵士を視界の隅に、トドメの一言を流し込んだのであった。

 





















「………………、はあ……」



 彼は、辟易としていた。




 『騒ぎ立てるな』と言っておいて、結果騒ぎのど真ん中。


 げんなりとした表情でうなじをガリガリと掻くこの男。

 今の名を『エリック・マーティン』。この物語の男主人公だ。




 彼は内省の最中であった。 

 自己嫌悪というか、調子が狂うというか。

 いつもはこうじゃない。もっと穏便に・かつスマートにことを運べていたのに。




 『どうして穏便に済ませられなかったのか』と、胸元をパタパタと煽りながら考えるエリックの中。即座に『彼女が”ああ”だったからじゃないか?』なんて答えがちらつく、


 その隣で。




「…………は、はぁ~~~~~~…………っ」



 身体中の詰まっていた息を全て吐き出す勢いで、濃いブラウンの髪の女──ミリア・リリ・マキシマムの、安堵の息がそこに響いた。




 その、堰を切ったように流れ出た声に、エリックが思わず視線を向ければ

 絡まれていた彼女は、驚きとドキドキが混じったような顔でこちらを見詰めている。




「おにーさん、迫力すっごいね、息飲んじゃった」




 言う彼女の、その容姿。



 胸まで伸びたダークブラウンの髪

 はちみつ色の瞳も柔らかく

 纏うその服「町娘仕様」




 サイズ感は「一般の成人女性」。

 特別小さくも、大きくもない。

 細身ですらりとした体型である。




 首に下げている皮の紐の先についているのは、おそらくネックレスのチャームなのだろうが、今は服の中に仕舞われていて見ることができない。



 見た目だけを見れば「おとなしそう」「大人っぽい」。

 穏やかで、ふんわりとした印象を受ける女性──なのだが。




 この女、靴をぶん投げるのである。

 大人しそうなんて印象は微塵もなかった。




 改めて、助けた女の身なり格好を一瞥するエリックの前。

 彼女は、自分のしていた行為には何も触れず、誤魔化すように『えへらっ』と笑うではないか。



(…………『息飲んじゃった』じゃないんだけど?) 

 



「…………”凄いね”じゃないだろ? 君があんな風に煽らなければ、」

「──そう。それは、そうだと実感した。

 あれは良くない。よくないぞ自分……。

 ……も少しうまい切り抜け方を覚えようと思う〜」



 『この跳ね返り女に説教を』と、まずはジャブ程度に発した言葉を、みなまで言わせず。


 彼女は真面目な顔をして数回頷いて、腕を組み 右手で口元を隠しながら、ぽつぽつと独り言のように呟いている。



 その『まるで情報を整理するかのような』『どこかを見つめてうんうんと頷く様子』と、『切り替えの速さ』に、エリックは一瞬戸惑ったが





「……本当に、わかってるのか?」

 念を押して、問いかける。


 

「わかってますとも、よろしくなかった」

 しかし彼女は間髪入れず頷き、至極まじめな顔つきで答えるのだ。



「………………」

 その切り返しに、エリックは、喉の奥で小さく、唸った。




 ……エリックもかなり頭の回転が早い方なのだが、目の前の女の切り替わりについていけない。

 今も、動揺する視線を受けながら、ミリアは2、3回うんうんと頷き、自身の考えを整理している様子。



(……随分とおかしな女だ)と眉間を寄せるエリックの前、唐突に彼女は「くわ!」と顔を上げると、




「────でも! まあとりあえず!」


 切り替えるように「ぱんっ」と手を合わせ




「…………助かった~! ありがとう!」


 明るい声で微笑んだ。




 その笑顔や仕草が醸し出す雰囲気は、やはり

 先程ぎゃーぎゃーと煩かった女性と同一人物のものだとは思えない。



 はきはきとしながらも穏やかな声色で、贈られる『ありがとう』のしぐさ。



 両手は重ね、胸に当て、まっすぐと相手を見る。

 この国の──感謝の印だ。


 




「……ああ、いや」


 案外まっすぐ返ってきたお礼に、エリックは間に合わせの相槌を打った。





 なんというか。『肩透かし』だ。 

 

 …………今だって、てっきり、言い返してくるかと思ったがそうでもない。『当たり前だし! 早く助けなさいよ!』と言うかとも思ったが、それも違った。




 予想外の動きに戸惑うエリックをよそに彼女は、『はっ!』っと何かに気づいたように目を丸くして、その場に座り込むと、流れるように散乱した荷物に手を伸ばし──




「あああああ、荷物が……!もー、人のもん落としたなら拾ってってよ、もぉ~~~!!」




 ────『超大きな独り言』とともに、散らばった道具を拾い出す。




 その手元に転がる・分厚く巻かれた布、芯に巻かれた色とりどりの糸、細かく散らばったボタンに、鉄製の平たく丸い入れ物。




 騒ぎで破れた紙袋はあきらめて、持っていた麻袋にぎゅうぎゅう詰め込むミリアの元から、コロコロと。鉄ごしらえの平たく丸い入れ物が転がり、石畳の上を行く。




 ────それがコツン……と小さく、彼の靴のつま先を打った時。





 エリックは、手を伸ばして拾い上げていた。





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