8-2「──────地獄だ」(7P)
エリックは即座に衣装を脱ぎ捨て、瞬時に地を蹴った。
石畳に響く足音が、一瞬の静寂を引き裂き喧騒へと変える。
「ミリア! シャトワールを頼む! そこを動くな!! わかったな!!」
「おにーさん、ちょ、……ああああ、行っちゃった……」
制止の声を発する間もなく。
脱ぎ捨てた衣装が宙を舞う中、ひったくりを追いかけて消えた相棒に、ミリアは、ぽかーんと手だけを伸ばしていた。
エリックの姿はもう見えない。
完全に消えてしまった。
あの刹那、迷うことなく「追いかける」を選びつつ、こちらにまで指示を飛ばした判断の良さには尊敬するが、問題は衣装の取り扱いである。
「もう……、乱暴に脱ぎ捨てて……、もう……!」
ふわっと石畳に落ちたドレスやウィッグ。
ロングヘアーの髪が地面に広がるさまは一種の怖さすらある。
そんな光景にどよめく民衆の視線を受けながら、ミリアはすぐさま衣装に手を伸ばすと、
「これ、結構高いんだけどっ。傷がついたら弁償してもらいたいんだけどっ。お金ないのに、もう。衣装は丁寧に扱ってよ、もう!」
ぶつくさ言いながら即拾い集める。
さすがは総合服飾工房勤務だ。
衣装を乱暴に扱うなど言語道断だし、これらの中には「エリック用に」、と手縫いで調節したものもあるのに、この扱いはない。
(……これは怒ってもいいやつ……!)
と、ミリアがほっぺを膨らませる、その隣から。
か細いか細い、ピクシーの鳴き声のような音がした。
「……………………ぁ…………………………ぅ…………………………」
「? シャトワールさま? どうされましたか?」
耳に届いたかすかな音。
それがシャトワールのものだと直感で理解したミリアが、思わず手を止め首を捻り捉えたのは──、ぷるぷるふるふると震え、身を縮めるシャトワールの姿。
(────んっ?)
──その、縮こまっている様子に目を見張る。
(なに、どした?)の声掛けもできないまま、ぽけらっと状況を把握できぬミリアに、ピクシーが鳴くような声は、かろうじて届いたのである。
「……………シャルル…………………………
……………トノガタノ マエデ………………
……………ハゥゥ……………………………」
「…………え?」
「……………お嫁に……いけません……!」
「へあ?」
先ほどまでの高笑い女から一変。
涙目で真っ赤な顔を押さえる声を絞り出した彼女に──
ミリアは目を点にして固まったのであった。




