8-2「──────地獄だ」(1P)
────遠く高く抜ける青空に、小型竜が飛び交う、ある日の午後。
彼女の高笑いは、所かまわず通りを貫いた。
「おーっほっほっほっほ! このエドモンド家嫡子・シャトワール! 夢が叶いましたのよ──ッ! ゴホッ、ごほっ!」
「良かったです~、お力になれて光栄です~、でもシャトワールさま、おうちの名前を公言されるのはお止めになられた方がよろしいと思われます~」
ファンシーショップ『マインナ・メア』で思う存分買い物を済ませた後。すべての荷物をミリアとエリックに持たせたシャトワールに、ミリアはゆるゆると言葉を挟んだ。
半歩前を行くミリアとシャトワールを視界の中に収めながら、黙って歩くのはエリックだ。彼はここまで一言もしゃべらなかった。
それはそうである。
なにしろ今もなお女装中だ。
声など出せるわけがない。
彼の地声は、強く低い。
声を張れば兵士が背筋を伸ばし、怒りを纏わせれば周りが畏縮する。小さな子どもには泣かれるし、何気ない会話で『怖い』と言われることもしばしば。
そんな声帯を持っているのに、話に応じられるわけがない。
頑張って裏声を出しても一発でバレてしまうだろう。
試しに出してみた裏声が、自分でも背筋が凍るぐらい気持ち悪かった。
二度としないと心に決めたのが、つい先日のこと。
しかしそんなエリックに──シャトワールはもちろん、無遠慮だった。




