「────なあ、聞いて」
「台無し」という言葉がある。
どれだけお膳立てしようが、一瞬で崩れ去り今までの積み重ねが無駄になる事例だ。
宝石化症候群という奇病の存在を――、いや、ミリアが宝石化したという情報を信じようと揺らいだエリックの心は、スネークの言葉で完全に元に戻った。
「――――は……? つまり、宝石を口説け、と?」
切羽詰まった思考が一変。たちまち怪訝と呆れで染め上げ、訝し気に腕を組み、スネークを睨んだ。
ああ、ほんの少しでも真に受け始めた自分が阿保らしい。結局こいつは、自分で遊ぶのが目的なのだ。石に向かって愛の言葉を囁くところを覗き見たかっただけなのである。
(――……悪趣味な……!)
それらを口の裏に、ただただ眉根を寄せ殺気を放つエリックの前。
しかしスネークはしれっと、余裕の後ろ手もそのまま、糸目の眉を弓なりに上げ、こくんと首を傾げて、いけしゃあしゃあと言い放つ。
「そうなのではないでしょうか? あくまでも噂ですが」
「……スネーク。それで、俺が信じるとでも思っているのか」
「何の話でしょう? 私の話が嘘だとでも仰りたいのですか?」
「病を治す方法に『口説け』なんてものがあってたまるか」
「事実です。宝石化症候群)の報告書にひとつだけ、記載があったのですよ」
苛立ちを露わに抵抗するエリックに、スネークは滑らかに指を立て、諭すように説明し始めた。
「罹患したのは、ボルドー通りに住むシド夫妻の奥方・メンティラです。異変は彼女がキッチンに居るときに起こりました。いくら声をかけても返事のない彼女に、夫・ライヤは、キッチンを覗き込みましたが……転がっていたのは妻の瞳と同じ色の宝石。彼は妻のメンティラの変貌を知るや否や、パニックを起こし、石に愛の言葉を投げ続けたのです」
――言われ、エリックは想像した。
愛するものや妻など持ち合わせていない自分は、それらを自分のことのように苦しむことは出来ないが、想像くらいならできる。
『よくある庶民の部屋で、石に嘆く男性』を思い描き顔を歪める彼に、スネークの追撃は澄ました色で飛ぶ。




