「……宝石化症候群《ジェムノ・シンドローム》?」
「……宝石化症候群?」
「………………はい」
重々しいスネークの報告に、エリックは眉をひそめ腕を組んで聞き返していた。
聞いたこともない病名だ。
昨今、人の往来が多くなっているこの国で、病気が流行るのはさして珍しいことではないが、モノによっては大事である。
盟主という立場上、瞬時に懸念を走らせるエリックを前に、スネークはそのまま、重苦しい口調で続けた。
「ある日突然、何の前触れもなく石化してしまう病です。「石化」と聞けば路傍の石を思い浮かべるでしょうが、この病は特徴がありましてね。罹ったものはみな、自分の瞳の色の宝石に姿を変えてしまうのだそうです」
「――――……」
────「瞳の色」。
言われ、視線が宝珠を確かめた。
カウンターの上。
転がっているそれは、綺麗なはちみつ色。
エリックの中、それがミリアの瞳と重なったのを読んだかのように。
スネークの声は、ゆったりとビスティーに響く。
「――ミリアさんの瞳は琥珀の金。この宝石も……彼女の瞳を取り出したような色をしていますね」
「――は。冗談も休み休み言え。妄言にも程がある」
思わせぶりな言い分を一蹴。
はちみつ色の宝珠から目を背け、エリックは怒気を込め言い捨てた。
確かに今の状況を見れば、スネークの言うことにおかしなところは無い。物証も揃っている。だが、こいつの言うことを素直に聞き入れるなど、到底・絶対・死んでもあり得ない事だ。
なにしろ相手はスネーク・ケラー。
エリックの嫌いな「詮索」を好み、茶化し、からかう為なら、穏やかな草原に油を撒き火をおこし、風で煽って燃え盛る様を悠々と眺めるような男だ。
仕事に対しての信頼はあるが、そのほかの雑談はまるで信用ならない。特に、女性を交えた話題に関しては、まずは疑って然るべき相手なのである。
──加えて。
ミリアに関しては、スネークはことあるごとに嬉々として話題に出してくる。この病の話題自体、虚言かもしれない。
それらを念頭に置きながら、エリックは棘を吐く。
「──俺の情報網を甘く見るな。宝石化症候群など聞いたこともない」
昼の総合服飾工房・ビスティーのカウンター前。
ボスの仮面と威厳の槍を構える。
バカにするなと言いたかった。
仮にもスパイ組織ラジアルのボスである。
揶揄いたいがために嘘をつくのも気に食わないし、なによりこんな子供だましの妄言で騙せると思っているのが腹立たしい。




