──────息を潜めて闇に溶ける。
辺りに気を配りながら。
神経を研ぎ澄ませ土を踏む。
ノースブルク諸侯同盟・オリオン領西の端。
ウエストエッジのさらに端。
橋のかからぬ堀の前、ミリアは対岸の森を見据え、金色の瞳に決意を乗せ佇んでいた。
目深に羽織った漆黒のローブは、闇に溶け込む自衛策。
足元まですっぽりと身を隠し、引き摺る裾を気もせず。
街と外を隔てる水路を前にして、彼女は風を纏い大地を蹴った。
ふわりとした浮遊感。
足元を流れる水路を軽々超えて、向こう岸へ。
すとんと小さく大地を鳴らして、振り向き見つめるのは──堀の向こうの街の塀。
「…………」
脳の真ん中でエリックが語る。
『外に出るなよ?』。
「────まあ、気持ちはありがたいのですが」
軽い口調で言いながら、瞳に宿した陰りを流す。
「心配は……理解できるのですけれども」
言葉を濁して、指で押さえるのはネックレス。
チク、チクと刺さる痛みを堪えながら、彼女は言い訳めいた口調で言った。
「────わたし、「魔法使い」。
だから、ここにいるためには、そうも言っていられないの」
行かなければならない。
闇が広がる森の奥へ。
やらなければならない。
自分がここで、暮らしていくために。
──『街の外に出るなよ?』
頭の中で言い聞かせてくるエリックから逃げるように、ミリアは闇を見つめて繰り返した。
「──大人しくしてて。
解ってる、解ってる。
ちゃんとするから、痛いのやめて、大人しくしてて……!」
ミリアの誰にともなく零れた声は姿と共に、木々の闇に吸われ消えてゆく。
何事にも 表があれば裏がある。
※chapter7 END
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