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3-1「どいつもこいつも(2)」








 男は、盟主であり、スパイだった。


 盟主の暮らしは、とても華やかで

 それと同時に──退屈な忙しさで溢れている。









 本名 エルヴィス・ディン・オリオン。

 偽名 エリック・マーティンの朝は早い。



 早朝、起きて軽く体を伸ばしてから

 領地内を軽く走り込み、同時に馬も走らせる。



 汗を流して朝食を済ませ

 執事のヴァルターから今日明日の予定を聞かされスケジュールをこなす。




 その内容・多岐に渡り

 はっきり言って『激務』だ。


 優雅だなんてとんでもない。





 ノースブルク諸侯同盟国が属する

 『ネム国際平和連盟』は現在、改革の真っ最中。


 連盟諸国とより良い国を築くため、定期的に集まっては方向性を擦り合わせている。

 




 それらに並行して、同盟諸侯・アッパー階級の舞踏会チェック。

 年間で定められた回数に満たない・あるいは(あいだ)が空きすぎている場合など、催促という名のラブレターを出し、金を使わせるのである。




 舞踏会にはもちろん参加が必須だ。


 舞踏会が好きなわけではない。

 どちらかと言うと、出たくない。

 しかし、それも責務なのだから仕方ない。





 彼は、それらに出向いて会話を重ね、貴族のパワーバランスを把握・反乱分子の監視・忠誠心を量っているのである。




 盟主がわざわざ

 小家の舞踏会にまで顔を出して

 ご挨拶をして

 にこやかな世辞を吐く



 社交界では”完璧なロイヤル階級の仮面”をつける。





 

 東に反乱分子が湧いたといえば調査の兵を出し

 西に飢えで納税できぬ村あれば必要物資を届け


 同盟国をまとめ上げるのが、彼の責務であった。





 ラジアルの仕事も、要はこちらに関係してくるのである。

 些細なことでも耳にしておけば、何かが起こった時に事態を把握しやすいだろう。




 それらも含めて。

 本来なら人に投げても良い作業も山のようにあるのだが、彼は『人に任せるのが得意』なタイプではなかった。






 広い自室。

 本の山。


 壁という壁に立て付けられた本棚にびっちりと刺さる本を背景に、床に敷かれた絨毯を踏み締めて

 鏡の前、身嗜みを整えるエルヴィスを前に、大柄の執事・ヴァルターは言う。




「旦那様、本日のご予定は」

「9時から前期納税確認・10時半から児童学校への視察・11時45分にはドミニク殿の屋敷でレアル嬢と会食。

 ……すべてを終えるのにおよそ3時間かかるとして?

 屋敷に戻れるのは17時を回るだろうから、頼む。


 ああ、それと。

 マルロ殿とヴァイオレット嬢のところに、舞踏会の開催要求を出しておいてくれ。

 あそこ、もう半年以上やってないから」


 

 彼は、身なりを整え終わると、分厚い書類の束を高速でめくりながら言った。

 聞いていた執事のヴァルターは、重々しくしっかりと頭を下げる。






 彼の朝はいつもこうだ。

 朝食は部屋で済ませて、あっという間に仕事に取り掛かる。




 大柄の執事・ヴァルターの見守る中、エルヴィスは速読で確認の終わった書類の束をばさっと机の上に放り投げ、きちんとタイを締め・前髪を整え、部屋を後にする。





(…………納税確認と学校視察はいいとして、問題はレアル嬢との会食だな。

 あそこのご令嬢の趣味は?

 宝石と剥製だったか?


 …………いい趣味をしているよな、本当に)





 レアル嬢の好きな宝石の名前を、頭の中で思い出しながら、辟易と息を吐くエルヴィス。

 



 

(……まあ。

 剥製は『毛皮』と言うわけではないけれど、材料は一緒なわけだから……

 それとなく聞いてみるか。

 場合によっては、いい話が聞けるかもしれない)





 などと思考を巡らせながら、見慣れた屋敷の廊下を闊歩して




 思い浮かべるのはドミニク邸のインテリア。


 



 ──エントランスホールに入って早々、客を迎える大きなニルヘイム熊の首。




 ところどころに置かれた、シア鹿。

 当然だが、それら全てについている──

 艶やかな 生気のない瞳。

 


 もうそこに 生命(いのち)はないのに

 輝くことのない瞳が並ぶ景色




 思い返すだけで、気分が沈む。





(…………剥製、ね。

 他人の趣味をとやかくいうつもりはないけど……

 『殺した上で生きているように展示する』アレ。

 ……どこがいいのか わからないんだよな)





 生首が見守る中で振るまわれる食事と

 レアル嬢の饒舌な自慢話を予想して





 彼は、げんなりと息をこぼしたのであった。






















 ────貴族の付き合いは好きじゃない。



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