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7-20「ちょっと待て ヘンリーだなんて聞いてない」(1P)
ウエストエッジの朝。
ボルドー通り50067・アパートメント・ティキンコロニ301。
一人暮らし用の一室で、スパイ『エリック・マーティン』──いや、『盟主エルヴィス』は勢いよく前のめりに問い返した。
相棒であり、ただの庶民のミリア・リリ・マキシマムの口から、ランベルト侯爵公の息子の名前が飛び出したからである。
ヘンリー──いや、本名『ヘンドリック・フォン・ランベルト』は、エルヴィスの貴族とスパイの両面を知る男である。エルヴィスの家・オリオンとも旧知の間柄であるが、ミリアが彼を知るはずがない。
この街の領主であり盟主の『エルヴィス』の名も知らなかったミリアの口から、ランベルトの息子の、しかも呼び名が出てくるなど夢にも思わないエリックは────
言葉に迷った。
「…………へ、ヘンリーって……
えーと、その……。
なんで?」
────瞬間。
様々なものを煮詰めた結果、そのひとことだけを絞り出す。
聞きたいことは山のように出てくるが、それが限界だ。
エリックはミリアがどこまで知っているのかわからない。




