2-7「黒い噂(2)」
────マジェラ。
ここより遥か南部に位置する魔道国家だ。
南の海を抱き、漁業と魔力で発展を遂げた国である。
『北のネム神聖地方・南のマジェラ地方』とも呼ばれ、そのお国柄は正反対。
騎士道を志し・神への敬虔な信仰を重んじるシルクメイル地方と。
魔力を宿し、流るる血筋・能力を重んじるマジェラ。
互いに互いの存在は認識していたが、国民間で両国を行き来する・または移住するものなど、長い歴史の中で 到底考えられることではなかった。
マジェラ国家はその力を国外に出すことを良しとしなかったし
150年ほど前まで、シルクメイル地方始めその他国家は、マジェラ国民を『人成らざる者』と恐れていたのである。
ただ、国同士が戦争を始めたら────
周辺各国は、掌を返したようにマジェラに共同戦線を持ちかけてきた。
そこで、どのような交渉・取引が行われていたかは──想像にたやすいだろう。
長き歴史の中で、マジェラにとっては『クソはた迷惑な争い』でしかなかった戦争が終わった昨今。
マジェラは『魔力をモノに定着させる技術』を生み出し、広く生活用具として浸透させ、財を得ている。
当国では、その魔法道具取扱窓口になっているのが、先に名の出た『エルヴィス・ディン・オリオン』である。
「…………マジェラって……
あのマジェラ、で間違いないんだよな……!?」
「ん、そーだよ~。
そのマジェラで間違いないです~」
エリックのハイパー詰問タイムから、一転。
話の主導権を握り返したミリアは、彼の問いかけにのほほ~んと答えた。
浮かべる表情は、にこにこ、にこにこ。
決して『説教タイムは嫌でござる!』という気持ちが滲み出ぬよう、ミリアは微笑むと、
「っていっても、中途半端な田舎のガンダルブってところなんだけど。
さすがにわからないでしょ?」
「…………ああ、そうだな。
さすがに、他国の細かい地名までは……
俺も、わからない」
「いいよ、大丈夫。そんなもんだよ~」
エリックの押し出す雰囲気が変わったのを察知して、ミリアは極力のほほ〜んと返しながら、脇をすり抜け、窓際のトルソーへと近づいた。
毛埃を払い、日が当たらないように少しトルソーを引き、流れるようにカット台前に移動する。
そんな彼女を、目で追いながら。
エリックは、ふぅーと深く、息を吐く。
「……そうか、君、マジェラから来たのか……」
「意外だった? ノースブルクの民っぽかった?」
妙に落ち着いた声に、ミリアは浮き足立った声で笑った。
何気、ミリアが住んでから5年の月日が過ぎている。国に溶け込んでいて当然である。
それを期待して、指先でつまみ上げたお直しのドレスも軽やかな気分だったが、エリックから返ってきたのは
静かな『NO』だった。
「…………いや? どちらかというと、逆だな。
この国の民にしては、少し異色だと思っていたから」
「いしょくって。」
「自覚がなかったのか? 異色だよ。
少し関わっただけの俺でもわかるぐらい」
「…………まじか」
「──ああ。
でも、これで合点がいった。
生まれ育った場所が違うのなら、それは……そうだよな」
「…………」
『心底腹に落ちた』と言わんばかりに頷く彼に、ミリアの気持ちは複雑だった。
彼女は、自分の適応力に自信があったのである。
現に今まで『あれ? どこ出身?』と聞かれたこともなかった。
──のに。
「…………仮にも5年暮らしてるんですけど……
これで、異色とかショックなんですけど……」
「────フ!
5年暮らしていて、盟主の名前も覚えていないじゃないか」
「………………コイツ………………」
すっきりとした顔で皮肉るエリックに、ミリアがボソッとした声と共に、摘まみ上げていたドレスを落とす。
工房ビスティーの昼下がり、窓から差し込む光も穏やかに。
客側通路の真ん中で、ミリアは彼に向って眉をくねらせると、唇を立てて聞くのだ。
「っていうか、盟主さんの名前は関係なくない?
だって知らなくても生きていけるし、生活困らないもん。
それよりそんなに異色かなあ、わたし?」
「……この国の女性は、ナンパを相手になんてしないからな。
面と向かって食ってかかる女性なんて初めて見たけど?」
「嫌なものは嫌だと言わなきゃ伝わんないでしょ。
主張する、大事」
「……君の場合、その主張の仕方が問題あると思わないか?」
「嫌だって言ってるのに、柔らかく断ってるうちに立ち去らないのが悪い」
「………………」
ミリアのきっぱりとした言い分に、図星を突かれたかのように黙り込むエリックの前で。
彼女は、記憶を探るように首をかしげ、
「で、まあ、わたしの話はさておいて。
たしかに〜、そうだよね?
ああいうナンパに対して、はっきり言わないよね。ここの人。
ついでに、ずーっと感じてたけど、特に若い女の人、男の人に冷たいよね。
よそよそしいっていうか、冷徹って言うか」
「………………」
さりげなく話題を横に流すミリアのその言葉に、エリックはさらに黙り込んだ。
言う彼女のその前で、エリックの見目麗しい顔が──険しく、硬く変わりゆく。
(…………こわっ……!)
その表情の変わりように、ミリアは声を殺して息を呑んだ。
もともと『彫刻のような容姿』の彼の表情が、さらに険しくなった時────
その絵面が放つ迫力は、半端ないものがある。
ミリアが内心、この前のナンパモブ男が食らったであろう表情を想像して、背筋を凍らせるその前で
「…………やはり、感じるのか」
エリックの声が落ちる。
問われ、彼女は後ろから引っ張り寄せた男性ものの貴族衣装を握りながら、
「……え、えーと。
最初は違和感あったけど、もう慣れちゃったかな?
女性店員さん、わたしにはにこやかなのに、次の男の人にはツンツンしてて不思議だったけど。
勝手にそういう規則や教えでもあるのかなって思ってた」
「…………」
「…………あ、あの~、悪く思わないでね?
他の国の人間の感覚だからさ」
困ったようにフォローを入れる彼女に、彼は
「…………なら」
一拍・二拍呼吸を置いて、口元を覆っていた右手を下ろし、目を向け、問いかける。
「…………君から見て、今のここはどう思う?
…………聞かせて」
「え? いいの? 素直に言っちゃうけど」
「…………いいよ。聞かせて」
返る戸惑いに、真摯に返した。
そんな彼に、ミリアは一瞬戸惑うが
まぶたの中、迷いを払うように瞳を動かし、
そして 述べる
「ナンパ多すぎ。男の質悪すぎ。偉そうすぎ」
「………………」
「ああいうの、ほんと多い。よく見かける。
とりあえず偉そう。たいど酷い。
女は物じゃなければ家政婦でも何でもないのに、力でおさえようとするじゃん」
「…………」
「ああいうの見てると、女の人たちの態度も納得できる……けど。
なんでああなの? 昔からなの?
盟主さんなにやってるんだろ??」
────────はぁ────────……
ミリアの忌憚ない言葉に、彼は、逃がすように息を落とし
重々しく口にする。
「………………オリオン領は、今
改革の真っ最中なんだ」
その 昏き青の瞳に 深い影を宿して
#エルミリ




