表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/592

2-6「例えば毛皮とか?(2)」







(…………見込みは、ハズレじゃなかったな)



口元を覆い隠しながら、ほくそ笑んだ。







 実はここ、数日。

 彼は、開いた時間で他の縫製工房にも足を運んでいたのだ。



 見当を付けたとはいえ、それだけをあてにするは少々リスクが高い。

 情報源は2つ、もしくは3つある方が多角的に判断できる。


 

 仮にミリアがなんらかの理由でドロップアウトした場合でも、潰しが効くようにと、転がせる縫製師の当たりをつけようとした──のだが。



 しかし、どこにも、このように質問に答えてくれる店員はいなかった。



 そもそも、会話が成り立たない。

 商品の説明はしてくれるが『女の花園に入ってこないでくれますこと???』という圧力が半端なかったのだ。



 普段縫製工房に入ることもないし、女性を連れていたわけでもないから、あちらとしては警戒するのも当たり前なのかもしれないが────





 ────店に足を踏み入れた瞬間に変わる空気。

 視線で、雰囲気で刺すようなあの感じ。

 接客業とは思えぬ敵意。




 スネークが袖に振られたのも納得である。

 あれでは到底、長居などできない。




 あの男も相当女にモテるタイプではあるが、そのスネークが『手強い』と言うだけの集団ではあった。




 『自力で生きよう』と決めた女性の反発力は、こうも頑なになるものなのかと、彼は




 ここ数日間で──身を持って味わっていた。




 だからといって、男性運営のテーラーは話にならない。

 女性8割のギルドの中で、今や小さく縮こまるしかない状況にある。




 ────その現実を味わったからこそ。

 この、ミリアという女は飛び抜けて使いやすそうだと、しみじみ思う彼の前。


 カウンターから頭を出した彼女は、折り畳まれた布を『ドン!』と置くと、その深い青色の布を”たしたしっ”と叩きながら、

 


「今、ちょうどある、これ。これがベロア。

 冬には、これを着た貴婦人さんたちが街に溢れるよ♡」

「…………なるほど、ね……」



 カウンターの内側で、にこにこと頬杖をつく彼女に、エリックは深く頷き口の中で呟く。




 ベロアに納得したのではない。

 ただの相槌、時間稼ぎだ。

 深い青のベロア生地をじっ……と見つめながら、脳内で



 『今聞いたこと』と『知りうる情報』を整理し始めた。




(────売価が上がっているという情報だけを掬えば、先の流行を掴んだ商人か貴族による抱え込みを疑ったんだけど。

 単なる先物買い……は見当違いか。

 いつまでも売れる見込みのないものを大量に買い付けたりしないし、何より邪魔になるものは置かない家が多い。


 物も金も、流さなければ意味がない。

 …………だとすると……?)



「なに? 気に入った? その生地。」

「────えっ?

 ………………ああ、いい手触りだよな」



 真剣に考えを巡らせている最中、声をかけられて。適当な言葉でごまかした。




 顔を上げて、少々ぎこちない返しをしてしまったエリックだが、彼女はニコニコとご機嫌な様子。



 彼の適当な相槌に大きく深く頷くと、ミリアはその手でさわさわとベロアに触れ、



「うん、気持ちいいよね〜……、手触りもそうなんだけど、この色!

 深ーい青なの。素敵だと思わない?」

「────え、

 ああ、うん」




 手元の生地に手を添えながら、楽しそうに言われ、一瞬遅れて頷く。



 間に合わせの相槌だったが、しかしそれを、彼女は良い方に捉えたのだろう。



 その頬に柔らかな笑みを称えて、ゆっくりと青い生地を撫でながら言うのだ。



「わたしさ〜、こういう色好きなんだ。

 深くて、凝縮されてるような色。

 ロイヤルブルーなんかも素敵なんだけど、夜を閉じ込めたみたいな青が素敵だなって思って。

 でもね、この生地がまた高いんだよね〜……っ」


(…………これは、また話が長くなりそうだな)





 饒舌に 話し始めたその前で 

 思わず呟く胸の内 舌を巻きつつ息をつく 

 利き手の右で 耳の下 

 コリコリコリと掻きながら





「…………俺はよくわからないけど、シルクや毛皮以外の生地にも、高い安いがあるんだな?」

「そりゃあるよ〜!

 綿とか普段使うものは比較的安いけど、でも、そんな綿でも色が深かったり濃かったりすると、その分値段あがるしね。

 染めるのに苦労するんだって。

 鮮やかに色が出ないんだって」


「…………へえ」

「……この子は、ベロアのなかでも高級品なの。

 この子をね~、わたしのデザイン力で、綺麗なドレスに変身出来たらいいなぁ~って思うんだけど、オーナーの許可がさあ~……」




(……こ、この子?)

 うんうんポツポツと話すミリアに、心の中で首を傾げる。



(ただの布を、まるで人みたいに。

 ……なかなか面白い表現をするんだな……?)

 と不思議に思う彼の前、ミリアは言うのだ。

 



「わたし、着付け師でありアドバイザーじゃない?

 最初は提案するだけだったんだけど、だんだん型紙(パターン)を起こすのも楽しくなってきちゃって。

 でも、ドレスは別物ね、ドレスは高いから。

 まだまだ学びが足りない。

 この子も、いいドレスになりたいはずなの。」



「……う、うん? 

 ……まあ、なんというか。

 ずいぶん熱心だな」

「ふふ、半分趣味みたいなもんだけどね?」



 ミリアの不思議な表現に首を傾げつつ、戸惑いの色を隠し忘れたエリックに、彼女はくすっと戯けてみせた。



 そして、カウンターに両手を広げて腕をつくと、後ろの糸や布の壁を仰ぎながら─────言う。




「ここの仕事は楽しいよ? 

 いろんな素材に会えるし、いろんな話も聞ける。

 狭いようで広いんだ、『工房の世界』って」

「────へえ」





 ────見えた。

 一瞬、その糸口。


 エリックは逃さない。




「……そうだよな。

 客と一緒に、ドレスを選んで考えるんだろ?

 いろんな話が聞けそうだよな?」




 言葉を投げる。

 最低限 促すように。




「うん、すごくよく話してくれる!」

「…………それは……、大変そうだな…………」

「ん〜、まあ、場合によっては大変なこともあるかなぁ?」



 声に仕込む『心配の色』。

 返ってくるのは穏やかで間伸びした声。



 ベロアを片付け、ホコリとりを引き出し、カウンターを滑らせるミリアに



 彼は、調子を合わせ

 穏やかでご機嫌な声で語りかけた。



「……頑張っているんだな?

 ここでの苦労は俺には想像できないけど、結構入り込んだ話も聞けそうだ」

「入り込んだ話って?」




「うーん……そうだな。

 ……例えば…………ああ、そう。

 『上流階級(アッパークラス)の恋愛事情』とか?」

「ああ~、あるねぇ〜」



「……ふふ、……『どこの息子がしょうがない』とか、『どこのお嬢さんに恋人ができた』────とか?」

「あるある〜」


「あとは……そうだな?」


 


 見計らい 投げる





「……────『黒い噂』……とか?」

「く ろ い う わ さ…………?」



 その一言に、ミリアの動きはピタリと。

 掃除しようと持ち上げた小物もそのまま、まるで切り取ったかのように静止したのであった。










         #エルミリ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ