7-8「走って走って」(3P)
街中でいきなり声をかけてきて、善意の仮面をかぶり人様を喰おうとしていた、あの男。はっきり言って知りたくなかった事実だが、知ってしまったからには仕方ない。
(──知らなかった。リックがあんな男だったなんて……!)
言いようのない失望と怒りに眉を寄せる。
──まあ、もともとモデルたちの人柄の情報も無いし、彼らは人格で仕事をしているわけではないのだから、その性格が『最低なくそ野郎』でも文句を言う資格はない。
────が。
(あれはないでしょ、あれは~~~~~~~っ!)
次々湧き出す怒りは抑えられないのだ。
色々な憧れや思いをニードルで砕かれた気分だ。
今日までのウキウキも返してほしかった。
「あああああもう! せっかくの日に気分最悪ですがっ!?
これならまだお父さんの手紙の方がましっ! あれも嫌だけどっ!」
と、誰にともなく憤る彼女は、次の瞬間。
脳に湧き出してしまった『あそこで逃げなかったら』の展開に身震いし────
(──よかった、逃げられてよかったぁああ!)
と自身を抱きしめ実感する。
今思い返せば本当に危機一髪だった。
ストールは惜しかったが、『自分』と引き換えにするなら安いものである。
(逃げた逃げた、とりあえず一件落着、はい忘れて切り替え!
これからショーなんだから! 次気を付ければいいから!)
思い返して騒がしくなる心を、無理やり切り替えて。
自身に言い聞かせた彼女は、流れるように顔を上げ”ぐぐっ”と拳を握るミリア。
トラブルに巻き込まれた分、時間は押し迫っている。
『こんなところで油を売っている場合ではない』。
(────おしっ!)
力強い眼差しを外に向け、彼女が始めるのは『感情の断捨離』だ。
『リック』はクソ男であったが、それは過ぎた話。
『リック』はさておき、目標は『オリビア』だ。
大好きなオリビアに会うためなら、隣のおまけクソ野郎 は視界から消すぐらい、どうってことない。
(────とにかく、早く女神の広場……!)
と呟いて、意を決した右手が、確認のため、『右の腰回り』。
『かけていたポシェット』を求めて────!




