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2-5「仕事の話(2)」







 巻き込まれていた。







 総合服飾工房(オール・クローゼット) Vesty(ビスティ)

 客用通路・作業台前。



 かれこれ、もう30分以上以上になるだろうか。

 エリックはわずかな笑みを貼り付けたまま、感情のこもっていない声で相槌を打つ。




 ハッキリ言ってマシンガントークである。

 ビスティーに入ってから今まで、ずっとこの調子。

 エリートスパイ・エリックも、顔に貼り付けた笑顔が機能しなくなってきていた。




 確かに『仕事の話を聞きたい』とは、言った。



 しかしそれは『仕事で得た噂話や愚痴』というニュアンスだったのだが、彼女はそれを、どストレートに捉えたようである。




 道具の場所から糸の種類、ドレスや服に適した布生地や、さまざまな型の説明・魔具シャルメの使い方。 業務提携の話に、果ては縫いにくい生地の愚痴まで。



 ワンピースやスカートも多いが、ビスティーの取り扱いはドレスに偏っているようで、とにもかくにもドレスを主軸に散々聞かされた。



 もう、ここで今『はい、働いて!』と言われたら働けるのではないかと思うほどだった。

 



(…………それを聞きたいんじゃないんだけど)

 とは思うものの、ここで相手の話を遮ってしまえば、きっとムッとするだろう。



(いっそ、誰か客でも入ってきてくれれば……

 一度話が切れるんだけど)

 とも思うが、こういう時ほど、誰も入ってこないのがお約束というやつである。




 今もなお喋り続けているミリアに、こっそり息つくエリックの前。



 ミリアは意気揚々と腰に手を当て



「────ってな感じかな? 他に質問ある?」

「────へえ、そうか」

 ──ん゛!?



 飛び出す相槌、未更新。

 満足げだったミリアの顔に皺が寄る。




「…………話、聞いてた? ちょっと。」

「……聞いてた。聞いていました」



 その場から伸ばした腕で、二の腕をぺしぺし! と叩かれ重々しく頷いた。





 正直、もう やや疲れたのだが……

 『聞きたい』と言った手前、そんな素振りは見せられない。


 彼は、頬に一筋の汗を流しつつ、ビスティーの中を一望し、



「………………まるで新人研修みたいだった。

 備品の場所まで全部覚えた。

 ……俺、もうここで働けるよ。自信がある」

「────ぷっ! あははは! 

 それは無理だと思う〜!」


 

 ため息混じりの言葉に、響くのはミリアの笑い声だ。


 彼女は吹き出し、肩を揺らしてくすくすと笑いながら、口元を手で隠して得意げに首を傾げると、



「基礎知識がないとね〜? 

 お店には立たせられないよ、エルリックさん?」

「”エリック”だ。

 ……いい加減、名前ぐらい覚えてくれないか?」

「覚えてる覚えてる。

 覚えてるから、アレンジしている〜」

「…………はあ…………、そう。」



 ビスティー店内、ふんわりと舞う毛ぼこりに反して、短い相槌ともにがっくりと項垂(うなだ)れる。

 


(…………これだけ聞いて

 欲しい情報にかすりもしないとは……)


 心の中で呟きまた、もう一度。

 何度目かの『舌を巻いた』。




 いや、別に、それが問題というわけではない。



 欲しい情報がすぐに手に入るなどと思っていないし、こういう仕事は『忍耐』が(かなめ)になる。


 今までも、ターゲットの貴族令嬢や子息、または召使などから何度も情報を抜き取ってきた。



 しかし、繰り返すが『このパターンは初めて』だ。




 何度も『待ってくれ』と言葉を挟もうとしたのだが、彼女が張り切って説明をし始めるし。とても楽しそうだし。口も挟めないし。息継ぎすら怪しいほどのスピードであった。



 ここを無理やりぶった切っても、いいことはない。

 気持ちよく話している時は聞きに徹したほうがいい。

 


 わかってはいるのだが、矢継ぎ早に繰り出される説明に、何度も口を挟みたくなったのは言うまでもない。



 布やら糸やら、そんなものははっきり言って無駄────と言いたいところだが、彼は、吸収する方に徹した。





 スパイというものは。

 いつ・どこで・どんなものが武器になるか、わからないものなのである。

 






 ────彼女から聞いた情報をもとに



 脳内で 組み立てるのは 今後の作戦

 持って行き方

 会話の運び方、情報の盗み方。




 引き出しは、多ければ多いほど。

 切り返しが、話題が増えていく。

 相手の矛盾を突くことも、賛同することもできる。




 一通り説明をし終えて、ご機嫌に作業台上の預かった服をチェックする彼女に、ちらりと目を向けて



 エリックは 考えを巡らせた。





 今日、自分の話の持って行き方が悪かったとしたら

 次はどうするべきなのだろう?

 どう会話を投げれば、誘導できるだろう?





 『今まで聞いた情報』と

 『欲しい情報』を照らし合わせ、彼の中。



 ────探し当てた、言葉を投げる。




「…………なあ、聞いていて思ったんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「…………生地にも、流行り廃りがあるんだろ?

 今年人気が出ているものとか、あるのか?」

「あるある!」


 

 返ってきたのは陽気な二つ返事。


 大きなカット台の前

 綺麗なドレスの裾をチェックしながら答えるミリアに



 エリックは自信なさげに、こくんと首を傾げ、



「…………へえ……やっぱりそうなんだな……

 俺にはさっぱりわからないけど。

 ……良いものが流行ったり?」

「うん、高い生地が流行る時もあるね〜」





 反応は いい。

 間髪入れずに返ってくるそれは、彼にとっては都合がいい。




 ────これなら、少し。

 鎌でもかけてやれば たやすいかもしれない。





「……へえ、そうなのか。


 良いものといえば……そうだな。

 シルク? とか

 ……あとは……毛皮、とか?」

「────けがわ?」




 言った瞬間。

 投げた言葉に手が止まる。





 一拍・二拍。

 まるで絵の中に入ったように動きを止めるミリアに、エリックの視線が注がれて──……




「……なんで けがわ?」

 





 その、はちみつ色の瞳が

 まあるく まっすぐに。




 彼を捉えて問い返したのであった。








    


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