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7-4「作戦会議はパニックです」





 どんなことでも、むやみやたらに動くのはリスキーだ。

 ある程度のことを想定し、計画的に動くことが理想とされている。 

 

 ミリアが持ち込んだ『ボア愛好家・シャルマンダ伯爵夫人』の情報に、エリックが『何とか接触できないか』と思案を巡らせる中



 それは、唐突に飛び込んできた。

 


「──女装でもする?」

「────はっ?」













「────はっ??」

「うん、だから、じょそう。する?」


「────はっ?」




 思わず二度、声を上げた。



 オリオン平原の樹の下、らしくもない間の抜けた表情で固まる『エリック』は、本名を『エルヴィス・ディン・オリオン』という。



 そう、このオリオン平原の持ち主であり、盟主エルヴィスご本人は、今『身分を隠して接している相棒』のミリアから『女装するか』と問われ────反応に困りまくっていた。

 


 まさかそう来るとは思わなかった。 

 あまりにも計算外な作戦(?)に、エリックの行動がただただ遅れる中。

 ミリアは真顔でぽんぽんと続きを投げるのだ。



「じょそう。

 する?

 女の子の格好。

 する?」

「……い、

 いや。

 待って。どうしてそう、

 ……いや、確かにそれは、そうかもしれないけど」



 リズムよく問われ、なんとか我に返り辿々しく返すエリック。 


 瞬時に絡まりまくる『思考と感情の糸』の処理にすべてが追い付かない。

 『確かにそう、確かにそうだが、少し待ってくれ本気で言ってるのか?』を口に出したいがそれも出ない。



 ド級の混乱である。


 が、その混乱をもたらしたミリアは、目の前にちょこんと座りなおすと『名案でしょ?』と言わんばかりに指を立て、



「でしょ?

 どーせおにーさん、『自分で聞きたい』んでしょ?

 わたしからの又聞きじゃ不安なんだよね? 

 知ってる。おにーさんってそういうひと。

 だけど~『男だと入れない』。

 なら性別ごまかしちゃえばいい~」

「──いや、待って。む、無理だろ……!」



 ゆるゆる言われて、焦る。


 とんでもない話だ。

 一気に駆け巡るの『自分のおぞましい女装姿』。

 エリックは母親似ではあるが、身長もそれなりにあるし骨格は男である。しかも盟主だ。そんな『女装』なんてものは──いくら何でもやりたくない。


 

 それらを表情に滲ませて、首を振って抵抗するエリックだが、彼女は通常運転でにっこりと、



「無理じゃないよ。うちが何屋さんか忘れた?

 舞踏会ドレスから日常ワンピースまで、体型隠しもばっちりサポート♡」

「──いや、ま」


「そしてわたしは着付師ですっ!

 男性を女の子っぽくすることぐらいできますともっ」



 きらきら しゃきん────っ!


 こちらの制止などもろともせず、勢いよく握った拳は顔の前。

 力いっぱい背筋を伸ばし、こちらを見つめるミリアに言葉をのんだ。



 ────状況と要素だけを拾えば、確かに名案といえばそうかもしれない。

 しかし。



(────勘弁してくれ……!)

 再び脳に沸くおぞましい想像に背筋を冷やす。


 

 これ以上そんな妄想をするのも嫌だったが、その正面で、ミリアの表情はみるみるとみなぎり、ナニカに(・・・・)崩れていく(・・・・・)のだ。


 その、見るからに『妄想楽しんでます』と言わんばかりの表情に、エリックは即座に声を上げた。



「──────待てミリア。

 君、何を想像してるんだ? 楽しんでないか?」

「いやあそんな。まさかあ。

 おにーさんの女の子姿想像してテンション上がってるとか、そんなわけあるじゃないですかぁ♡」


「──そんな嘘をついても、俺にはわか

 ──ん゛? そんなわけ”ある”って、うんっ?」



 牽制を飛ばしたつもりで、紛らわしい言い回しに理解が遅れ眉を寄せる。

 途端に用意していた言葉が宙を舞い、言葉の意味を考え直すその刹那、


 ミリアはうっとりと、右手で頬を押さえ瞳を輝かせ、ぽぅっと頬を赤らめ見上げると、



「すっごくきれいだと思うー♡

 ロングのウィッグ使うでしょ、喉ぼとけはボトルネック・ハイネックで隠し……あ、ふりふりの立て衿フリルのスタンドカラーでもいいかも! ふりふりふわっふわで可愛い~! 衣装はどうしよう? 全体的にボリュームがあるほうが肩幅隠せるし、ミンチョウ期スタイルのなんてどうかな!?」


「────…………いや、あ」

「めだつかなあ? でも大丈夫、ちゃんと訪問仕様に見繕うから。

 ……綺麗。絶対綺麗よ、えるりん。

 わたしにまかせて?

 きれいな女の子にしてみせるからね!」



「………………いや……………………



 …………まってくれ…………」




 ひきつる自分にも、まるで動じずがっしりと。

 ぎゅうっと両手で握られて、溜まらず、空いた左手で瞳を覆い、絞り出した。



 軽く眩暈である。

 

 いきなりそっち方面に走り出して、わけのわからない用語の連発で混乱させてきた挙句、うっきうっきのきらっきらで話し始めるミリアに力が抜ける。


 この前遭遇した『暴走オリビア』を彷彿とさせる爆走っぷりだが、これはまた少し違う。ミリアは興味本位のみでやっているわけではないのだ。



 不敬と言えば不敬だが、彼女は『彼の立場』を知らない。

 その観点から挙げた作戦だと言われればそれはそうで、彼女は別に、スネークやオリビアのように詮索しているわけでも、手を突っ込んでかき回そうとしているわけでもない。



 純粋なる『すっ飛んだ提案』を大真面目に繰り出しているだけだ。

 ──── 一番、却下しにくいパターンである。


 対処に困る自分のその横で、『これ良い~! 超いい案!』と瞳をキラキラさせる彼女、怒る気持ちもわかず、冷たく一蹴する気も沸かず




 エリックは、ただ、


 肩を落として言葉を絞り出した。



「…………なあミリア…………

 せめて、否定してくれないか……

 俺は男だ。自分の女装(そんな)姿なんて想像もしたくない……

 あと、おかしな言葉を使わないでくれ、返し方に困るから……」



 心底弱々しく物申し、顔に、痛烈を混ぜ、弱弱しく述べるエリック・マーティン(エルヴィス・ディン・オリオン盟主閣下)は気づいていない。



 ここで強気に出られない時点で負けなのだ。

 通常の自分を忘れている。


 盟主でありボスでありながら、庶民の女に完全に手綱を握れている現状に気づかない。


 しかし無自覚のエリックは抵抗を続ける。

 すんなり飲むわけにはいかなかった。

 


「…………女の格好で潜入するなんて、ありえないだろ…………」

「ありでしょ。顔キレイだし、化ける」


「…………違う、体格が」

「スタイルいいしいける」


「だから、身長が」

「歩くときは膝曲げ。行けないことない」


「……髪が」

「ウィッグある。いける」



 しかし、返ってくるのは『素早い肯定』。『迷いなき返事』。

 瞳はきりりとまっすぐに、妙な自信さえ放つ彼女を前に、否定は・だんだんと・傾いていく。



「……こえが」

「黙秘でOK。いける。」


「のどぼとけ」

「隠す。いける。いける。」

 

「──────行──────

 ──────け──────……


 いや、ちょっと、待って。

 なんでそんな堂々と肯定するんだ?

 君と話してると、できそうな気分になってくるんだけど、

 ……血迷ったのか俺は……!」




 あまりにも堂々とした《無謀な作戦》に、一瞬。

 『行けるか。そうだな』と答えそうになり、エリックは慌てて首を振り頭を押さえていた。



 完全に混乱しかかっていた。

 スパイ失格である。

 『そもそもスパイが押し切られそうになってどうする』という意見もあるだろうが、何より問題なのは『今の出来事に自身で『スパイ失格』という単語も発想も出ないこと』だ。


 ごり押しのミリア。

 混乱で揺らぎ始めたエリック。

 オリオン平原の木の下で、彼女は追撃の手を緩めない。



「がんばればできる」

「────いや、できない」

「できる。できるから」


「頑張ればできる」

「…………」


 

 抵抗を続ける彼に、しかし放たれ続ける『堂々とした追撃』は、同じ調子と熱意をもって、徐々に彼の脳を麻痺させ────



「がんばれば できる」

「──────……で、き…………

 

 ────いや、無理だ。

 騙されないぞ。

 君がいくらできるといっても、やるのは俺だ。ずっとひざを曲げて歩くのも、衣装を着るのも俺だろ……!」




 ────間一髪。

 エリックは『ど真剣ミリア』に押し切られそうになるの回避した。


 あまりに堂々と言われ心が揺らいだが、そもそもミリアは『やらない』のだ。『やらない立場』の人間が、いくら堂々と言ってもそれは『当事者ではない立場から』のもの。


 

 『やれるやれる詐欺』に引っかかるようなものである。



 

(────危なかった……!)


 一連の流れにエリックが、内心の焦りを怪訝で包み、表面は呆れを滲ませ、眉を寄せ、ミリアに一瞥(いちべつ)を送る中。



 ミリアは”くにゃり”と眉を寄せ、困り顔で彼を見つめため息を漏らすと、声にそれを乗せ問いかけてきた。



「………………も~、じゃあ、隠れてく?」

「どうやって」

「────えーっと~~……」



 突いて出た言葉に、ひとつ。

 間延びした声と緩い空気が、木陰の下の二人を包んで────




「わたしが~、

 スカートボリュームある服着るから~、

 

 おにーさんはその中に」

「────は」

 


 ぴっ。と指立て述べるミリア。

 固まるエリック。


 頭の中で瞬く間に広がる『イロイロな想像』に、”カッ!”と熱を持つ背中の感覚をごまかす様に、エリックは素早く言葉を切り返す!

 


「却下。却下だ。いくらなんでも駄目だ! まったく何考えてるんだ!」

「『作戦遂行の手段』。」


「実現可能なものにしてくれ!」

「可能でしょーがっ。あのね、男の人ひとり隠れられるぐらいの衣装あるんだからね!」

「そういう問題じゃない!」


「出ましたおにーさんの『そういう問題じゃない』こうげき!

 大体おっしゃりたいことはわかりますけれども、そもそも『わたし』と『おにーさん』じゃ何もなくない? おにーさん、そういう人じゃないでしょ?」

「────君はッ……! 男ってものを分かってない!」

「だいじょぶだじょうぶ、わたし、色気とか可愛げとか装飾されてないから。だいたい、スカートのボリュームって浮気中の男の人を隠すためにもあったらしいんだよ? ありありの有りじゃない?」


「俺と君は恋人でもなければ不貞を働いているわけでもないだろ……! そもそも嫁入り前の女性が言うことじゃない! だめだ! とにかく駄目! 言っておくけど、他の男ならいいわけじゃないぞ? もっと駄目だ! 駄目だからな!」


「んもぉ~~~、あれも駄目これも駄目ってうるさいなあ~~そんなんじゃ調査進まないでしょ、もう~~」

「君の提案が突飛すぎるからだろ……! なにかもっとこう、あるはずだ!」


「たとえば?」

「…………」



 言われ、淀みなく出ていた抵抗が全て詰まった。

 完全硬直する。


 ──彼──

 エリック・マーティン(本名エルヴィス・ディン・オリオン)は本来、相当頭が回るほうだが、こういう突飛な方面にはてんで弱い男である。


 かつてミリアに『かっこいいワードで魔法を呼んで』と言われ苦戦した時のように、まごつきながらも、困惑と苦悶の表情で『その案』を絞り出し────




「──そうだな……、君の、その、意識を、」

「何する気。」



 出す言葉も間違うほどにてんぱる。

 じっとりとした目に首を振る。


 彼女のその()は混乱を誘う。



「──ちがう、ええと。

 ──そう、こう言いたかったんだ。『君が見聞きしたものを、遠く離れた場所にいる俺も聞けるような魔道の術があればそれを使っ』」

「あるわけないし。あっても使えないし。

 構築式どう組めばいいかわかんないし。」


「…………ならば、使用人を買収し取り込」

「……あんまし使う人増やさない方がいいんじゃない? 口留め大変」


「……パオロ伯爵に幻術を」

「それやばいし。できないし。禁忌だし」


「…………」

「…………」

『……………………』



 …………ひゅうううううう…………



 ミリアから出る『もっともな意見』に、所在なく黙り込むエリックと。

 じ────っと見つめるミリアの間を、気持ちばかりの風が吹き抜けて──




「────おにーさんってさ。たまに突っ走るときあるよね」


「…………君には負ける」

「なんだとこいつ。」










 時間というものは、等速のようでそうではない。

 退屈な時は遅々として進まないし、楽しい時はあっという間に過ぎていく。


 昼にオリオン平原を訪れて、早数時間。

 空に夕映えが広がりだしたころ、二人はゆっくりと帰路についていた。


 平原の向こう側に、ウエストエッジの外壁が肉眼で確認できるようになったころ。

てくてくと足を進めるミリアは手元で水球(ウォルタ・ボール)を遊ばせつつ、隣を歩くエリックに、思い出したように声をかけた。



「────あ。ねえ、そういえばなんだけど」

「うん?」



 投げた声に返ってきたのは、エリックの割と無防備な表情だ。

 手元の火を『球』の形に保つことに神経を注ぎつつ目を丸めた彼に、ミリアは覗き込むように前を取ると話題を振った。




「カルミア祭、あるじゃん?

 シャトワールさまが成人するやつ。

 毎年カルア(成人服)が華やかなここのおまつり」


「……ああ、まあ……あるけど」

 


 はちみつ色の視線を見つめ返すことなく、エリックは視線を反らして言葉を濁していた。



 口には出せないが、正直『それを今ここで聞きたくなかった』という思いが湧き出てくる。


 カルミア祭は街の祭典だ。

 いわばエリックにとっては『現実・本職』である。


 今の今まで魔道学エレメンツに神経を注ぎつつ、この時間を楽しんでいたのに、水を差された気分であった。


(──……一気に現実に引き戻されたというか、なんというか)



 と、つまらなそうに鼻から息を逃す彼の中──途端回りだすのは『去年の祭事前』である。



 数日前から、当日のスケジュールをくまなく確認し成人を迎える子どもを持つ貴族の情報を頭に叩き込み、当日は顔を見たこともない成人たちに祝辞を贈り、愛想を笑顔を振りまき、それが終わればパーティーをはしごする。


 その(かん)に、モデルとして『ココ・オリビア』とショーとパレードもあるのだ。当日は本当に息をつく暇もない。



 それらが逃れられない本職であることは重々わかっているのだが、それでも『そんな激務の話』を(────ここでされたくなかった)。



 こっそり愚痴をこぼしつつ。

 エリックは、どよんとした気持ちを平静で包み隠し、やや白けた目つきで彼女に顔を向けると、



「────カルミア祭がどうした?」

「ううん? 『忙しそうだよね』って言おうとした」



 低めの問いに、声はさらりと返ってくる。

 隣を歩く彼女から感じるのは『それ以上でも以下でもない』という空気で、ミリアが本当に『ただ思いついただけ』なのはよくわかった。


 そんな様子に、彼はひといき。

 冷めた声を纏わせながら、指先の火にやる気のない目を向けつつ言葉を発す。



「────まあ。旦那様の仕事があるから、一日つきっきり……だな」

「そっか。そういえばそうだよね。

 あれでしょ? 領の新成人にお祝いの言葉送ったり、激励したりするんでしょ?」

「…………まあ」


「大変だねえ~……、盟主様ともなると~」

「──そうだな。朝……いや、前日から、忙しいよ」

 


 答え、エリックは密かに表情を尖らせた。



(毎年毎年、屋敷に帰り着くのは日付が変わったころだ……慣例・伝統だと言われれば返す言葉がないが、大司教猊下のお言葉こそ喜ばれるものの、盟主( 俺 )の祝辞など鬱陶しいだけだろう)



 と、あからさまなゲンナリを押し出すエリックの脳に浮かぶのは、『意味の感じられない盟主の祝辞』。毎年高い位置から新成人に向かって声は投げるが、その歓声も嬌声も、真意のあるものだと感じたことなど無かった。

 

 総括して『面倒くさい』の一言に尽きるその祭りを思い出し、ひとり怪訝とどんよりを培養するエリックの、その隣で。

 

 何も知らない能天気なミリアは、指先でふわふわと浮かび泳がせ遊ばせていた水遊球(ウォルタ・ボール)を地面に放ると、おもむろに顔を上げ問いかけたのだ。





「────ねえ、そーだ。カルミア祭ってなんで”カルミア”なの?」



 


 

 

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