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7-1「青い空。白い雲。くもはやい」




 重ねていくのはなんだろう。


 時間か、努力か、研鑽か。

 信頼か、友情か、理解か。

 本音か、嘘か、偽りか。


 

 始まりは、『利害の一致』に見せかけた取引。言葉を時間を気持ちを重ね、彼は、研鑽を積み重ねていた。



(────『……下記の条件で発生する『ファイアの構築式』を全て書き出しなさい』……、炎の発生条件? ああくそ、ペンを持ってくればよかった……!)




 青い空。

 白い雲。

 緑の草。

 


 9月。

 青々と茂る樹の葉の向こう側で、ぼんやり眺める雲は、見てわかるほど早く流れていく。




 オリオン領・盟主の敷地内・オリオン草原。


 平原に立つ、おあつらえ向きの樹の下で、木漏れ日を浴びながら、ミリアは顔面のパーツを引き延ばしぼんやりと魂を飛ばしていた。




(…………くも、はやい)


 


 ぽけーと眺めている雲に、一言。

 晴れやかな空を泳ぐ雲に虚無を飛ばし、鈍い動きの脳を瞬きで切り替えて、ミリアは平たい顔つきのままエリックを眺めた。



 ごろんと横になり難しい顔で『エレメンツ学Ⅲ』を睨む彼。しげる草々に構いもせず、ミリアの視線に気づくこともなく、黙々とそれを読み続けている。




「……」

「……」

『…………』


(────────暇。)



 暇である。

 やることがない。



(あの──。

 きょう──、

 休みだったんですけど……)



 念力を送るがエリックは無反応だ。




 ……本来ならば昼まで寝て、朝食とも昼食とも夕食ともわからない時間に食事を済ませ、ゆるゆるごろごろだらだらと好きなことをして過ごすつもりだったのに。




 ────なぜ自分は今、ただ魔導書を読みふける男の隣で時間を捨てているのか、さっぱりわからなかった。




(……『中抜けの時間じゃ足りない』っていうから、付き合ってんのにぃ)



 と、思い出して不満を膨らませるミリア。

 先日あれほど懸命に『なあ、頼むよ』と言うから付き合っているのに、完全に放置とは。

 


(わたし、いる意味ある?)



 を瞳に込めて、ミリアは薄く引き伸ばしたような声を用意すると、




「あの〜──────……」

「…………」


「あのう?」

「…………」


「もしもーし」

「…………」


「ふぃるにーん?」

「……………………」

(────こいつ……っ)


 

 こちらなど向きもしないエリックに、ぐぐっと握りこぶしを作った。エリックの『まじめで、資料を読み始めたら没入しがち』な性格はわかるのだが、こう放置されたらたまったものではない。


 

(わたしもいろいろできたんですけど!?

 ねえ、できたんですけど!?

 魔導書読むだけだったら家でもできたのでは!?

 ちょっとおにーさん!?)




 ──と、全力で視線で訴えつつ、唇で山を作るミリアに、エリックはというとお構いなしだ。魔導書から目すら離さず、ぶつぶつと呟き始める。




「────”……この構築式を用いた場合の『炎』とは、エレメンツの性質と魔力の出力を合わせ共鳴・共振させた結果起こりうる振動を利」

「…………あのー」




 エリックの横にちょこんと座って言葉をかけてみる。

 覗き込んで存在をアピールしてみる。

 ──────が。




「……”しく共鳴・共振させるためには、魔力を圧縮および爆発させる式を素早く切りかえる技術が必要であり、同時にいくつもの式を組み立て展開し”」

「あの~……」



「”かつ制御・転換・生成技術が不可欠となるが”」

「真面目だよね〜……」



「”またそれらも術者の内在魔力並びに熟練度”」

(────無視かっ!)



 指が頬にのめりこむ勢いでつぶやいた。




(こうなるってわかってたら、わたしだって何か持ってきたのに~~~っ)

 



 叫ぶミリア。 

 しかしそれも仕方ないだろう。


 こうなると解っていたのなら雑誌や簡単な縫物など持参したのに、いまミリアができることと言ったら、その辺の草を抜きまくるか簡単な水魔法・風魔法で指遊びをするぐらいである。



 ────つまらないのだ。

 時間つぶしにもならない。

 


 ──しかし、『興味があるものに没頭する』気持ちはわかるミリアは『とりあえず』。ピクピクイライラは表情の下にしまい込み、ご機嫌を装いながら聞くことにした。





「ね。それ楽し?」

 

「────ああ」

「どこ読んでるの?」


「────……うん」

「それわかる?」


「──────うん」

「ごはんたべた?」

「…………うん」


「………………」



 返りくる声は生返事。

 完全に聞いていないその態度に。



 ”────すっ……!”

 細めた瞳と共に、構えたのは綺麗な手刀。




 静かに構えた指先が空を切り、脇腹をめがけて──

(────無視すんなあああああああ!!)

 ────ぴすううううっ!!



 虚空を貫く一撃は、がら空きの脇腹を付き刺した!










「────はぅゃあ!?」

 

 

 突如脇腹を襲った衝撃に、エリックは出したこともない声を出した。



 慌てて仰けぞり脇腹を抑え、驚愕のまなざしを向ける先──むっすりとした不満を称え、ご機嫌斜めを醸し出すのは、ミリア・リリ・マキシマムだ。



 彼女はエリックの、驚きと焦りに満ちた暗く青い瞳にも躊躇うことなく、ハニーブラウンの瞳に『ふんっ!』を乗せつつ、手刀を構えている。



「……ちょっ! 脇はやめろよ……! 弱いんだよ……!」

「のめり込みすぎるのよくなーい。っていうかそれ、おうちでやってくれません?」




 言いつつ目で刺す『教科書』。

 ミリアが『バザールに出せるほど奇麗に保管しておいた魔導書』は、エリックに読まれ表紙が折り曲げられ、すでに癖がついていた。



「そもそも、こんな草原の青空の下、木陰でやることじゃなくない?」

「気持ちがいいからやるんだろ? それに、家でも読んでるよ。少しでも身につけたくてさ」

「…………まぢで?」

「────ああ、もちろん」


「…………うぇぁ…………」




 エリックの清々しい笑顔と前向きな反応に、ミリアはげっそりと顔面の偏差値を下げた。




 エリックが勉強熱心なのは重々承知の上だが、家でも読んでここでも読むとは。

 授業が終わったら基本魔導書など開くことのなかったミリアからしてみれば、考えられないことである。




 しかし、上半身を起こしたエリックは、青い芝生の上で満足げに微笑むと、まるで大好きなおもちゃを持つように本を片手に言うのだ。


 


「……君はそんな顔をするけど、かなり楽しいんだ。

 新しい世界に触れるのは、いつだって新鮮で面白い。

 何気なく暮らし享受していた、自然界全ての事象に理由や仕組みがあるなんて、知らなかったしな」



「…………。

 まほーを使うのに、ちょーっとお借りしてるみたいなんだよね〜。よくわかんないんだけど。

 空気とか天気でも多少左右されるし、土地柄も関係あるとかないとか言ってた気がする」

 


「……ああ、書いてあったな。特にノームとウォルタはまともに影響が出るんだろ?」

「そーらしい。」



「……それを教えてくれるのは教師なのか?」

「導師さまですね。」


「…………? 怒ってる?」

「それ、家でやったらいいと思う」




 淡々、スパン。

 抑揚もなくはっきりと答える。


 こちとら時間を無駄にしているのも同然なのだ。

 しかしエリックはご機嫌で、こちらの不服など気づいていなかった様子。


 気の短い女なら怒って帰っているか、オール無視をしているところだが、無視をするのはよろしくない。


 けれど、正直(──家でやればよくない? ここで読む必要なくない?)という気持ちはあるのである。




 そんな態度に、眉を下げてうなじを掻くエリックだが──ミリアのむくれっつらは直らない。ぷくっと膨らむ頬に困る。



 空気はまるで『付き合って半年ぐらいたったカップル』である。新鮮さは抜け、生活に相手が入り込み、若干気遣いがなくなった頃のそれだ。



 ミリアが不機嫌なのはわかるが、(……でも家では時間が取れない……)と悩み上半身を起こすエリックに、ミリアは頬を膨らまし目を細めると、



「ってかせっかくわたしも居るんだし、読むんじゃなくて実践したらいいのに」

「…………まさか」




 ぷんぷんヘソ曲げモードのミリアに返したのは、食い気味の──加えて若干不機嫌な色だった。




 彼の中、瞬時に蘇るのは『初めて魔術に触れたあの日』のことだ。

 『ろくに説明もなしにガンガン魔法をぶつけられ、逃げ惑うしかなかったあの時』である。



 実践(それ)()やられたら──溜まったものではない。



「またこの前みたいに勝負する気か? 死ぬかと思ったんだけど?」



 暗く青い瞳で訴える《とんでもない》。

 自然と小言モードに切り替わる。

 エリックが『あれはないよな?』から始まる文言を、のど元に装填した、その時。



「────あれさあ!」



 跳ね返ったように立ち上がったのはミリアだ。腕組み不満をあらわにするエリックに彼女はぴしっ! と指を向けると、



「なぁぁぁんで打ち返してこないかな!? わたし、わくわくしてたのに!」



 ミリアにしてみれば、あれは単なるお遊びである。

 『ラウリング』という『子ども向けの道具』で『久しぶりに魔法合戦できる♡』とわくわくしていたのに、一発も打ち返してこないなんて詐欺だ。




 かたや、完全遊びモードだったミリア。

 かたや・死ぬ思いをしたエリック。

 『根本レベル』が違う二人が真っ向から対立するのは、もはやお約束だろう。



 ミリアは言う。

 立ち上がり真っ向から睨むエリックに、真剣に。



「もう! 打ってこないとかありえない! やりたかったのに!」



 それに返すエリックも教師モードで小言を放つ!



「……君なあ! 俺はまだ君ほど上手く操れないし、あれが初めてだったんだぞ! 怪我をさせるかもしれないのに出来るわけがないだろう!」


「けがっ?」


「ああそうだ!

 風は君の肌を裂いてしまうし、炎は肌を焼いてしまうし痕も残るよな? 水だって君の体を冷やすことになる! そんなこと、俺には」

「フィルラップしてるのに??」


「────はっ?」

「”ふぃるらっぷ”。

 してるじゃん?

 なんのためのフィルラップよ?」


「…………?」




 『さも当然』。

 『どーしてやらないの?』と言わんばかりにすっぱりと言いきるミリアに、エリックは『理解できない』とばかりに眉をひそめた。



 しかしミリアは平常だ。

(まったく何言ってんの、この人は)

 を込めて視線を送る。……が、その目の前で、エリックの表情が──みるみる《記憶を探る顔》に変化していく。




「…………『フィル・ラップ』?」

「ふぃるらっぷ。」

「………………」

「ふぃるらっぷ!」



 いぶかしげに問うエリック。

 自信たっぷり答えるミリア。



「…………」

「…………」



 かみ合わない二人が生み出す沈黙は、徐々に『あの時の記憶』を鮮やかに繰り返し──




「………………」

 じわじわと、訝しげに、険しく寄りゆく、エリックの表情(かお)



「………………」


 相反して、じわ〜〜〜っと広がりゆくミリアの顔パーツ。


 ”あれぇ?”

 ”……おやぁ……??”

 ”…………えーっとぉ…………??”



 語る表情雄弁に。

 エリックが黙って疑惑の視線を向ける中、引きつり誤魔化し『あるぇ?』と視線を外すミリアの髪を、9月の風がなびかせて──



 ぽりぽり。

 こりこり。

 えーっと。

 



「──あ~──……

 ──えっ…………と………

 ………おしえてなかったっけ?」

「…………無いけど。聞いてない」



「おしえ、た、ヨね?」

「いや? 聞いてない」



「うっそだぁ〜〜。」

「聞いてない。初耳だ」

 

「────え────~~~

 ………………あ〜────っとぉ…………?」




 端的に発する返答・リズムよく。

 ひきつる顔をごまかすように

 ミリアは”ス────っ”と息を吸い込んで────……

 


 

 ────きゅるんっ☆

 ぱちぱちぱちぱちぃ……っ!

「──……まばたきで誤魔化そうとしてもダメ」



 きらきらきらぁん……☆

「……可愛い(そんな)顔しても駄目」



 うるうる……、”だめ”?

「──ン、ごほっ! ……可愛い(そんな)顔、利かないからな。駄目だ」

「────ごめん。わすれてた」

「………………」





 瞬時。

 きゅるるんモードから『スンッ』と顔を声を空気を換え、妙な迫力で顔で言い切った。



 その表情はこの前の『本当にごめんね?』の顔つきとはまるで違い、『悪かった。忘れてた。どーん』とでも言いたそうな顔つきである。



 先ほどまで若干の気恥ずかしさに支配され、鉄の防御を見せたエリックであったが……堂々たる『すまんかった』に出るのは、呆れと呆れだ。



「…………ミリア…………」

「超わすれてた。ごめん。悪気はなかった。反省している」




 あきれ顔に臆することなく、どどんと言い切るミリアに、もはや言葉もない。

 が、そんなまなざしに怯むことなく、彼女は次にばつの悪そうに肩をひょいっとすくめると、

 



「おにーさん、『俺もできるふふん』って言うから、つい。

 基礎を忘れた。

 生意気なこと言うから、つい。」



「……”生意気”って。

 …………それだけやってきた(・・・・・)んだ。

 最初からうまくできたわけじゃない」

「…………す、すみませんでした。」



 ほのかな怒気と呆れに返ってきたのは、素直な返事と自省のトーンだった。


 ぎこちなく眉を下げるミリアは、次に小さく一つのどを鳴らすと、反省の瞳で彼を見上げ




「……そうだよね。『そうやってやってきたんだろうな』っていうのは、わたしもわかる。おにーさん、そうやって頑張ってきたんだよね」

「…………いや、別に、その」



 ミリアから放たれた・素直なごめんねと努力を掬い上げるような笑みに──言葉に詰まった。




 こんな風に努力を認められるのは経験がないし、どこかむず痒い。 



 家や立場を抜きにして、努力を掬いあげられ戸惑う。

 謙遜も合わせて渦巻く中、それらはエリックの口から零れ落ちていった。



「…………『やらなければならなかっただけ』で、その、褒められるようなことでは」

「ん~……、『今のは』・『尊敬してるところ』なので、素直に受け取っといてほしいかな?」

「…………」




 ぐだぐだとした言い訳に返ってきたのは、少し困ったような顔と柔らかな声。



 ミリアの表情や雰囲気には、遠慮がちな『本気で言ってるんだけどな』を含んだ期待が見て取れて──



 エリックは思わず、逃げるように視線を反らしていた。

 ────こんな風に言われたことなど、ない。



(……こう言われると、参るな)




 弱いところを突かれたような気がして、逃げるように視線を反らす。


 しかしミリアの視線はいまだ、エリックから外れることなく──寄せられている『はちみつ色の期待』。



 ──彼は観念した。

 素直に受け取る方向を取った。



「…………じゃあ、……『有難く頂戴します』」

「ふへへ。『もらってくださり、ありがとうございます』」

 


 照れくささと、申し訳なさと、ほのかな嬉しさを乗せたはにかみに返ってきたのは、同じような顔。


 暖かくも穏やかな雰囲気が二人を丸く包み込み、空気が柔らかく包んだ時。空気を変えたのはミリアの手拍子だった。



「で、そう! フィルラップね! 教えてなかったの致命傷だった! マジでごめん!」



 瞬間的な切り替わりに、ほんの少し動揺するエリックを置き去りに、ミリアは青芝の上をくるんと回って彼に向き直ると



「フィルラップとはですね〜。

 簡単に言っちゃうと『魔力防壁』ですっ」

「……魔力防壁?」




 はきはきとした言葉に、エリックも素早く切り変えおうむ返しに首をかしげたのであった。






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