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6−17「もっと、自信を持てるように」




 

 

 ────初めてのお客様に言うことは、いつも一緒。


 

 『あなたの魅力を引き出す色と形は、絶対にあります』『まず、ポイントだけ覚えてください』


 

 『お顔の印象が何より大切です』

 『自分を知ってから、なりたい自分に近づいてきましょう』

 

 『お顔の近くにくる上の衣装(トップス)は似合う色で』『鎖骨・袖・腰骨の位置を基準に、ピッタリのものを作りましょう』


 



 この国の服はワンピーススタイルが多い。

 しかし、ひと繋ぎの衣装(ワンピース)とはいえ、バラしてみればいろいろな『型』の組み合わせだ。


 襟の形・袖の長さ、肩の位置。

 ウエストの高さ・スカートの長さや広がり方。

 それらの細やかなパーツをひとつずつ吟味し合わせていくことで、似合う『型』をいくつか、提示する。


 

 『似合う型』が分かれば、顧客は次からそれを参考に服を買い・作るだろう。


 


 服という『毎日の必需品』『一番身近なもの』でありながら、種類も多く、悩みの種にもコンプレックスの元にもなり得るアイテムがもたらす『迷宮』に迷い込まぬよう──いくつかの道筋を示し、照らす。




 それが、ミリアの仕事。

 

 

 その日の顧客は、レジーナ・ジョリー。

 ミリアがカウンセリングを任されてすぐの顧客で、いわば常連である。

 

 小売店の主を親に持つ名家の娘のレジーナは、今夜。


 名士が主催する夜会に参加するのだと言う。

 









 ビスティー店内・王城の一室を模した着付け室で、ミリアはぎゅっと彼女のドレス紐を締めた。


 大きな鏡に、ずらりと並ぶ衣装。

 このまま舞踏会でもできそうなここは、特別な場所だ。


   

 

(…………あのレジーナさんが、今日夜会に出席かあ……)



 未だ緊張の色を浮かべているレジーナに鏡越しに微笑んで、ミリアは『初めてレジーナにあった時のこと』を思い出していた。

 


 

 彼女(レジーナ)がここを訪れたのは、彼女が15の頃。

 『母と自分の好みが合わない』『でも、どうしたら良いのかわからない』と、背中を丸めてやってきた。それから3年、彼女と重ねた交流は一度や二度ではない。

 


 徐々に掴んでいった『似合う服』。

 だんだんと積み上げた信頼関係。

 『似合う』を見つけたあの日の笑顔。


 


 ────”そんな顧客(かのじょ)のドレスを締める”のは、とても、感慨深いものであった。



(…………髪、すごく綺麗〜……)

 と、溢れ出る賛美の言葉は胸の中。

 隣の美容室で結い上げられた仕上がりに息をつく。

 


 そんなミリアの雰囲気に引っ張られたのか、レジーナは鏡越しに目を向けると、緊張の面持ちで口を開いた。


 

「……今日、空いていて良かったです……!

 侍女や母上に着せてもらうより、ミリアさんにやってもらいたくて」

「ふふ、嬉しいです……、その分、お値段を頂きますのに」


「だって気分が違いますもの。母上じゃこんな気持ちにはならないわ?」

「あまり褒めないでください~、でも、有難うございます」

 


 

 言われ、ミリアは澄ました表情で微笑んだ。


 会話はしつつも、ドレスを扱う指先から神経が逸れないよう、意識を保ちながら。




 

 なにしろここ、フィッティングルームでは饒舌になる客が多い。


 沈黙をかき消すためか、それとも高揚を抑えるためか。


 そのどちらもミリアには経験がないものだが、この『はしゃいだ様子』を見ながら彼女たちを飾っていく時間は、楽しみであると共に、神経を使う時間である。




 扱うドレスは皆、高価なもの。

 ここで(あつら)えたにしろ、親のものであるにしろ、ミリアの年収では賄いきれない代物だ。



 直しなどすぐできるとはいえ、ここで破いたりするわけにはいかない。

 レースひとつ、裾一枚、丁寧な取り扱いが必要になる。

 


 ────しかし、そんな緊張など、感じ取らせてはいけない、



 客には余裕を出しながらも、神経は張り巡らせる。穏やかな口調を作るミリアに、レジーナは鏡越しに目をやると、



 

「ねえミリアさん?

 ミリアさんに初めて相談したのがもう3年前でしたね。

 合うものを身につけるだけで、少し変えるだけで、自分も周りの反応も変わるなんて思いませんでしたわ……!」

「ふふ、そうですよね〜。

 あの時のレジーナさまの顔、忘れられません」

「まあ、もう……!」


 

 くすくす笑うミリアに、レジーナは顔を隠して恥じらった。そんな反応が愛らしい。

 

 


姉様(ねえさま)に似合うからと言って、真似しただけではダメなのですね」 

「……ふふ、そうですね」

 

 

 優しく相槌をひとつ。

 鏡越しに目を合わせながら、ミリアは言う。

 

 

「……人って、『他人のものが良く見えます』。ほら『他人の服は美麗』って言うじゃないですか。

 だから、ついついトルソーが着ているものや素敵な人が着ているものを真似しちゃうんですよね〜……、だけど」


 

 手元で綺麗に、飾りを整え、一拍。

 

 

「人それぞれ肌の色も髪の色も、体つきも違うから。『同じものが同じように似合うわけない』んですよ~」



 

 伸びやかに語るミリアに、レジーナがうんうんと頷き、笑う。

 

 二人、頭の中に駆け巡っていることは同じだった。

  

 

 不安がっていたドレスの色。

 迷って迷って決めた一着。

 半信半疑・それでも決めた時の表情と空気。


 ”──ぱっ”と、花開いた、あの瞬間。

 

 

「────でも、だからって『『似合うものがない』わけじゃない』」

「……はい……!」



「……ふふ、ほら、すごく素敵!

 レジーナさま、これはモデル『ココ・ジュリア』の言葉ですけど、忘れないでほしい言葉があるんです。

 

 『服があなたを選ぶのではない。あなたが服を選ぶのだ』『あなたを彩る衣装は、あなたとの出会いを待っている』


 その通りだと思うんです。


 『知らないだけ』。

 『わからないだけ』。

 でも『ずっとそこにある』んです。

 この(ドレス)みたいに」



 

 ────これから『華やかな戦場』に向かう彼女たちに贈る言葉は、本当の気持ち。

 

 

 『もっと、自信を持てるように』

 『プロとして』

 『精一杯を』

 



「────ここにあるドレスも飾りも、ずっとレジーナさまを待っていました。あなたに出会うために、職人たちが布から作り上げたんです。


 ────だから、どうか」


 

 紡ぎながら、肩を支え”思いを託す”。


 

 

「『選んだこと』を誇りに持って、素敵なレジーナさまを魅せつけてきてください!」


 

 力強いまなざしを交わして、ミリアはフィッティングルーム奥・厚い扉を引き開けた。



 途端、差し込む夕日、広がるチェシャー通りの商店街。


 待ち受ける黒い馬車の前に佇む男に、レジーナが目を丸めた時。ミリアはにこやかに目を配らせて彼に微笑むと、

 

 


「エリックさん、エスコートお願いします」

「……え……っ?」

「────レジーナ様。お手をどうぞ」

 

 

 言われて手を差し出すのは、そう。エリックだ。


 彼は、顧客の着付けに立ち会うことは出来ない。ミリアが接客中、これと言って出来ることのない彼の有効活用である。




 しかしそんなことは、顧客には『言わなければわからない』。

 突如現れた見目麗しい男性スタッフに狼狽えるレジーナに、ミリアはにっこりと微笑むと

 

 

「紹介しますね、うちの新しいスタッフ、エリックさんです。エスコートのプロなんです~」


 接客スマイルでさらりと言う。

 正確にはそうではないが、まるっきりの嘘ではない。



 ドレス姿で歩くときは、物にもよるが介助が必要である。



 今日のようにレースの豊富なドレスは、歩くのにもコツがいる。


 まして、今日レジーナが履いている靴は、ヒールの高い物だ。ミリアが手を添えてもいいが、男性から差し出されるソレ()は、顧客にとって心強い支えとなる。



 

 レジーナが手袋越しにエリックの手を握ったところを確認し、ミリアはさっと彼の後ろに回り込み、指示を出す。


 

 

「……エリックさん。

 わたしは裾を抱えます、(フロント)お願いします。

 動き、慣れてないから様子見て。

 ゆっくりと手を引いて差しあげてください」

 

 

 こくりとひとつ、相槌を打つ彼から、今度は素早くレジーナの元へ。

 未だ緊張の面持ちの彼女に気遣うように微笑むと、様子を見ながらひとつ。


  

「レジーナさん、前、気をつけてください。

 いつもお召しになっている衣装(もの)よりボリュームがありますので、

 歩くときは中を蹴(先ほど説明)り上げる感じ(したような動き)でお願いします」



 言いながら

 ドレスの後ろを抱え上げ

 最後は、レジーナだけに聞こえる声で囁いた。

 

 


 

 ────馬車に乗せ、届けるまで。

 気が抜けない。

 

 

 ほんの、一歩二歩。

 その間に『誉め言葉』も忘れない。

 


「とても素敵です……!

 ……ね? エリックさん?」

「ああ、本当に。夜会に行く予定がないのなら、私がご一緒したいぐらいだ」

「まあ♡ ふふふ……!」


 

 同意を求めるミリアと声に羨望を込めてはにかんで見せるエリックに、レジーナは照れくさそうに微笑み、馬車に消えた。



 御者が馬に鞭を打つ。

 ”ぶるる”と(いなな)く馬が歩を進め、ゆっくりとレジーナが遠ざかっていく。


 

 

『いってらっしゃいませ、お客様(プリンセス)。女神のご加護がありますように』



 夕焼けの(だいだい)が眩しく街を照らす中、消えゆく馬車に、二人。

 声を揃えて祈り送ったのであった。





 




 



 

「…………見違えるものだな、彼女は……レジーナ・ジョリー?」



 今しがた浮かべていた”貴公子の笑顔”を切り替えて。

 エリックは、仕上がった彼女を思い浮かべながら驚嘆の声で呟いた。


 


 エリックは、着飾る前の彼女を見ている(・・・・)


 正直に言うと地味な印象だっただけに、扉の向こうから出てきたレジーナを見た時は、素直に目を見張ったものである。


  

 あまりの『変化』に、驚き漏れる声。

 彼は息を吐きつつミリアに溢す。

 

 

「────めかし込む前は、普通の女性にしか見えなかったのに」



「…………」


 

 見つめる先は消えゆく馬車。

 これから夜会に行くレジーナを乗せた、黒い馬車。



 

「……ドレスに着飾った女性は屋敷で目にするが……

 『前と後』を目の当たりにすると、変貌ぶりに驚くというか」



「………………」

 ──思い描くは、レジーナの微笑みやその姿。




 

 

「ミリア。君の合わせ方に驚いた。彼女はあんなに悩んでいたのに」

「………………………………」

 

「…………ミリア?」

「────あ。ううん、なんでもない」



 返ってこない相槌に顔を向けた。

 瞬間、我に返ったように、彼女は小さく首を振る。

 

 


 そして、さっと。

 顔を、目を逸らし、背中を向けて言うのだ。

 


 


「…………わたし、レジーナさんのお召し物をまとめてくるから、配送屋さんに持って行ってもらいたいんだけど、良いかな」



 

 

 淡々と。


  

「”配送屋”?」

「…………よろしくね、住所、書いておくから」

 


 抑揚もなく。

 

 

「………………どうした?」

「────うん?

 どうも? してないよ? なんで?」


 

 問いかけに振り向かず、一方的に述べる彼女に声をかけた。

 しかし、ぱっと瞳を覗かれ首を傾げられ、黙ったのはエリックの方だった。


 

 先程の横顔・瞳に宿していた、『遠くを見つめるような色』は、もうどこにもなく。

 不思議そうにこちらの目を覗くミリアの、黄金色の瞳に射られ、たじろいだ。

 

 

「…………いや。その…………、元気がないように見えて」

「気のせいじゃない? 元気だよ、わたし」


 

 テンポよく、返す彼女は、視線を外すことなく首を捻ると、”ぱんぱん!”と軽く手を叩き


 

 

 

「────ほらほらあ。

 早く仕事やっちゃお、日が暮れる前に『特訓』もしたいんでしょ?

 やることいっぱいだよ、早く早くっ」


 


 張りのある声でぐいぐいと、エリックの背を押しやったのであった。








 


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