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6-16(2)「宝珠がもたらす違和感は」






「時にリチャード、カードの付属品はどうした」



 ────それは、

 隣国の王子リチャード・フォン・フィリッツとの食事の最中。



 黒髪癖毛のエルヴィス盟主の問いかけに、

 金の髪の王子はこう答えた。



「あれか? あれなら、妹のディオナにくれてやったよ

 あの歳だろう? 大層喜んでなあ!

 白い宝石も嬉しかったらしい!」


「…………()?」



 思わず繰り返した。

 聞き間違えたかと思った。



 マジェラの魔法教材・エレメンツカード付属品の『ラウリング』。

 ミリアに貰い受けた『代わりのそれ』は




 白の宝石など抱いていない。


















(────白……?)




 ノースブルク諸侯同盟・オリオン領。

 アルタモーダ地区『サン・タレア通り』


 王室貴族階級レストラン『エーデル・レストランテ シュパリエ』で、エーデル仕様のフルコース料理を囲みながら。




 思わず動きをぴたりと止めて、エルヴィスは、陶器の仮面を装備し瞳を惑わせた。



 聞いた宝玉の色は《白》。

 しかし、自分の左小指についている同じ指輪の宝玉は

 


(────夕映(ゆうばえ)のような(だいだい)色だが……、”白”……?)



 と、動きも少なく左手をチラリ。

 無意識に”くっ”と力をいれる手袋の下、確かな存在に眉を寄せ、考える。





 突如沈黙し、黙り込むエルヴィスに、『うん?』と青の瞳を丸めたのはリチャードである。


 


「…………んあ? なんか気になる点でもあったか?」

「…………ああ、いや。」



 不思議そうな問いかけに、エルヴィスは静かに首を振った。





 色の違いに思わず動揺してしまったが

 それを、彼に話すのはどうなのだろうか。



 指輪の石について話すとなれば、魔法教材・エレメンツカードの説明も必要になる。それすなわち、マジェラの教育文化を他に流すということになる。





 それは──エルヴィス個人としては、避けたい出来事であった。


 

 もとより、カードおよび指輪の使用は『ミリアとの誓約の元』・『個人間の信頼の上で行われている秘密行為』である。

 

 

 それを裏切るわけにはいかないし、当のミリアも『他国民への流出』は懸念を抱いていた。エルヴィスも、マジェラの考えは理解した上で『絶対に他では使わない』と信頼で頼み込んだ。


 それは、二人の間だからできることであり、一度他者へ漏れて仕舞えば最後。管轄の外となり、コントロールができなくなるのは、明白である。






 そしてこの『リチャード』は自国の治安に頭を悩ませている。




 エルヴィスが『奪われない力が欲しい』とそれを欲したように

 リチャードも、力を欲するのは間違いない。





 三国同盟円卓会議の時と、今日。


 『リチャードの様子』から察するに、彼は今もあれが『魔法教材』だとは知らないだろう。知っていたのなら、三国円卓会議で渡してくるはずがないし、今もこんな気のない返事はしないだろう。





 『魔道のない国において

  権力者が魔法の力を身につけ

  制圧のために行使する』という、10代の子どもでも考えられる、シンプルな武力行使にはもってこいだ。





 『うまく使わずとも、簡単に人民をまとめ上げられる』。

 『恐怖で脅し、押さえつける』



 簡単で、かつ、最悪の統治法。

 それを危惧しないわけがない。






 そして

 『それらが広がってしまった場合』

 『多くの人間が求めた場合』

 『人を殺す手段として用いられた場合』




 一番最初に使い方を教えた人間を、マジェラは、国を挙げて探すかも知れない。




 ────そうなれば、ミリアはどうなるのだろう?





(『そもそも』。

 …………マジェラの商人は何を考えて献上したんだろうな。

 その辺りも知りたいが……リチャードがそれを知るわけもない)



 呟く彼の脳内で、円卓会議のリチャードの言葉が廻る。



 『留守においてった』

 『使い方がわからない』

 『エルヴィスにやるよ!』



「──────…………」


 それらも全て考慮して 

 エーデル・レストランテの一室。

 豪華な食事を眼下に、エルヴィスは表情を陶器で固める。




 岐路に、立たされている気分であった。




(この返答は……国の未来を変えかねない)

 




 国際的なパワーバランス

 マジェラという国との付き合い

 ミリアという魔法使いの安否や立場────



 考えられる全てを想定した上で

 彼は、ゆっくりと口を開いた。




「────商人に聞いたら。

 指輪がどうこう言いだしたから、紛失したかと思ったんだ。

 ……君が持っているなら、それでいい」

「どうやって遊ぶのか聞いたか?」

 

「────いや」


 

 帰ってくる言葉に、一言。

 抑揚を殺して首を振る。


 陶器の顔つきそのまま、落ち着き払って、彼に目配せ。

 




 壁に掘られたネミリアの聖騎士が見下ろす中


 エルヴィスは数拍の()を取った後、


 弾き出した最適解を口にする。






「……『教えてもらえなかった』。

 『時間が足りない』と言われてな」

「ほお~~~ん?

 おまえさんがそれなら、オレが聞いても分かりっこないわなー?」




 ……帰ってきた呑気な声に、エルヴィスは思わず、細く細く息を逃した。



 安堵である。きっとリチャードは『ルールが難しそうだ』と理解したのだろう。

 興味の削がれた様子の咀嚼音に息を逃がした。



 その胸の内で、(少々危険な橋を渡ったか)と内省する瞳が映したのは、色鮮やかな『フルコース』。






 しかし



 ────最高級のうさぎのパイも。

 金色(こんじき)のオニオンスープも。

 ぱりっとグリルされたダヴ・ポークのソーセージも。


 その全てが、先ほどよりも固そうに見えるのは、エルヴィスの内情がそうだからなのかも知れない。



「…………」


 なんとなく旨味が減ったように見える料理に、(我ながら単純だな)と呆れつつ、冷めかけのウインナーにフォークを刺した時。


 間延びした声と話題は、リチャードから飛んできた。




「ああ~そうそう、魔具で思い出したんだが、エルヴィス。

 『魔具の普及率の話』だが~、オレたちの予測と違うってどういうことだ?」

「…………ここで話すのか?」



 思い出したように頬を掻くリチャードに、眉をぴくん。

 しかしそんな様子を歯牙にもかけず、リチャードは言う。




「話せるように個室に通してもらったんだろ?

 この前はその話題も入れなかったしなあ〜」


 ぐーっと胸を張り、宙を仰ぐリチャードの前、エルヴィスは視線を手元に考えた。



 確かにそうだ。

 結局あのあと、『ネム三国円卓会議』は最終的にエルヴィスとキャロラインの『結婚の押し付け合い』のまま幕を閉じた。遅れてきたリチャードには『とにかく予測がズレてる』と曖昧な情報を投げたまま終わってしまったのである。


 

 それらを思い出し、音も立てずにフォークを置くと、姿勢を正してリチャードに目を向け、




 

「……貴族(われわれ)が思っているより、民は新しいものに手を出さない。

 ……いや、出せないと言った方が良いのだろう」

「いーや、待ーてエルヴィス? 魔具だろ?

 そう高いもんでもない。ガキの小遣いで買える」

「…………それは。王族貴族(われわれ)の感覚で言うべきではないな」




 当たり前をぶつけてきたリチャードに、神妙な面持ちで答え首を振った。

 自身への内省も含んだ声には、わずかな沈痛も混じっていた。



 リチャードの言い分は大いに理解(わか)る。

 確かに魔具(まぐ)など、『そう高いものでもない』。

 子どもの小遣いで買える額のものもある。



 ただし、『貴族の世界では』。

 

 


 それがわかったのはここ最近だ。

 

 

 エルヴィス──いや、エリックがミリアを通して知った『民の金銭感覚』は、『今までの世界』とは遠くかけ離れていた。




 『20メイルも値上げ〜〜〜!? たかぁい!』

 『ウンじゅうまんメイルもするじゃん!』

 『ごはん350メイルだよね? 返すね』

 




 と、『それっぽっち』にころころ表情を動かし、勝手に脳内で喋り始めるミリアを、ため息でかき消して




(……まだ、ほんの少ししか見えていないのだろうが)

 密やかに予防線を張り、陶器の表情にわずかな困惑を滲ませ、彼はリチャードを見据えると、




「おそらくだが……、

 彼らと我々では、金銭に対する感覚が桁単位で違う。

 そんな気がしてならない」


「────それ、例のあの子の影響か?」

あの子(・・・)?」



 唐突な言葉に瞳を返し、瞬間的に眉を(ひそ)めた。

 

 


 今の流れでどこをどうしたら『彼女』が出てくるのかさっぱりわからぬエルヴィスの困惑を察知しながらも、テーブルの向こうで、リチャードは飄々きょろんと宙を仰いで聞くのである。




「────あ〜、『ミリアさん』、だっけ?」

「なんで彼女が出てくる」


「だって、あの(むすめ)はどーみても庶民だったからなあ。

 エルヴィス(おまえさん)が変わったんなら、あの娘の影響だ」

「決めつけるな。

 興味を持つなと言ったはずだ」

「────ほお〜ん……」

「………………」

 


 ピシャリ。

 流れるそれを断ち切って、含みのある音を出すリチャードに沈黙。



 その胸の内で

(……だから、なんでミリアを出してくる?)

 と不愉快を眉間に込めつつ

 毅然とした表情はそのまま、落ち着き払って息を出すと、




「────で。魔具の話だが」

「ほおーん」

「キャロラインには話をしたが、普及率はもっと低いと見ている」

「ほおーん」

「聞け、リチャード。

 18年前の魔具がまだ現役で動いてると聞いたら……君はどうする?」

「……へ!? 

 ……じゅ……っ!

 ────はあ!?」





 飄々から一転。

 素っ頓狂な声は、エーデル・レストランテ『シュパリエ』の一室にこだました。



 他の客がいたら一気に注目を集める音量で放たれたそれを、荘厳な壁が跳ね返す中。


 まともに驚くリチャードは、跳ねたように背を浮かせ、じぃーっとエルヴィスを見つめ首を振り、



「いや、いやいやいや。

 冗談はよせよ。

 ボケるにはまだ早いだろ、エルヴィス!」

「────事実だ。

 …………気持ちは、わかるけどな…………」




 驚愕をぶつけられ、沈痛な面持ちで述べ、息を吐きこぼした。



 エルヴィス自身も、18年も前に出た骨董品『等間隔 魔導縫製機 シャルメ』を目にした時は驚いたのだ。ロイヤルスクールで教科書に載っていたそれが、まさか現存するなど夢にも思わなかった。



 とうの昔に全廃したものだと思い込んでいたし、生活魔具ももっと新しい型が広がっていると思っていた。民はそれなりに最近の魔具を扱い暮らしているものだと思っていた。




 しかし、ミリアについて回る毎日の中で

 わずかに見えてきた現状は、はるかに古めかしいものだった。





 まあ、そもそも論として

 王族貴族と一般庶民とでは生活の区域が違うのだ。

 街中や外からでは、民の暮らしが見えるのは『ほんの少し』。

 それも、盟主として訪ねる時、彼らは迎賓体制で出迎えてくる。


 精一杯めかし込んで見栄を張られたら、実態など掴めるわけもない。






 それらを含めて、自ら見てきたカルチャーショックを元に進言するエルヴィスだが────公国の王子リチャードは、とにもかくにも『信じられん』と目を見開いて、まるで異星人を前にしたような顔つきで言うのである。




「嘘……だろ……!? 

 18年前って…………オレがまだガキの頃だぞ……!」

「────そうだな。

 我々には幻に近い骨董品だが、彼らはそれを、中古で貰い受ける、もしくは型落ち品でやっと手に入れるらしい」

「中古!? 型落ちって……! あれだけ新製品がでてるのに!?」


「…………だから。

 それが買えないんだよ、リチャード」

「な、なんで! は、はあ!?」



「『資産の量が違う』。

 …………おそらく、収入も」

「いやいやいや、待て待て待て? にわかには信じられんぞ?」


「事実だ。

 もちろん、貧富の差はあるだろうが。

 これが『民の現状』だと捉えた方がいいと、俺は見ている」



 言いながら。

 リチャードの混乱に釣られ、思わず頭を抱えそうになったエルヴィスだが、ぐっとそれを我慢した。



 彼の衝撃も理解できる。

 気持ちはわかる。

 ────しかし、事実は事実だ。

 



「……ちょおおおっと待て? うっそだろう……!?」

「俺が嘘をつくと思うのか?」


「だって! 『三国連盟・国勢調査』の結果じゃあ、国民一人当たりの収入と資産はもっと上の見込みだったじゃないか……!」

「……だな。

 どこかで狂ったのか、そもそも基準とする(あたい)が違うのか。

 まずはそこから精査しなければならない」



「嘘だろ振り出しかよ……!」

「──そうでもないさ。

 『”基準が間違っていたかも知れないと分かった”だけでも改善に向かっている』と捉えるべきだろう? それだけ民に寄り添う政策を取れる。無駄じゃない」

「…………しんっっじらんねえ!」




 混乱の王子に、平静な言葉を述べる盟主。

 リチャードは愕然と頭を抱えているが、ミリアの転がり方に比べれば穏やかな方だ。

 

 その様子を観察しながら、一息。

 エルヴィスは毅然とした面持ちを崩さぬまま、落ち着き払って指を組むと、



「────とにもかくにも、国連で決定づけている魔具(まぐ)の推進については、もっと調査が必要だ。利便性を求め・生活レベルを上げるのならば、魔具の普及は不可欠だが……、民がついて来られなければ話にならない」

「うそだろ──────っ…………」




 ──────はぁああああ〜………… 




 完全放心の息は、エーデル・レストランテ シュパリエに響いた。



 どっかりと椅子に背を預けるリチャードは完全に呆けていて、『お手上げ』という言葉が相応しかった。


 それをただ見守るエルヴィスの視界の中、リチャードは呆けた顔にわずかな気合を入れ、よれよれと持ち直しながら言うのである。




「…………こ・れは〜────……

 キャロルが居るときにもう一度話そうぜ……。

 オレたちだけで話し合うことじゃないだろ……」

「…………そうだな。キャロラインは直に帰国する頃か?」


「あ〜…………ドニスに行ってるんだったか?

 国賓訪問だっけ?」



 混乱が支配していた空気が、諦めで緩んでいく。

 げっそりガリガリと後ろ頭を掻くリチャードは、次にその左手で顎を触ると、眉をくねらせ息を吐き、



「…………鉄のコウジョ様も忙しいよなあ、ほんと」

「…………俺も。忙しいんだけど?」




 まるで他人事なトーンに棘を刺した。

 言わぬ表情の奥に『そもそも取り込み中だったんだけど? アポをとってから来いよ』をこめ、じろりと瞳で刺すエルヴィスに。


 リチャードは、新緑の瞳を合わせ



 ────ニカっ⭐︎



「ここ出すから許せ、エルヴィス」

「──────断る」




 











 ──女神のクローゼット『ウエストエッジ』。

 服飾産業で伸びたこの街は、ファッションのメッカだ。


 

 通常服は、歴史ある民族衣装をベースに『華やかに』。

 ドレスや礼装に関しては『華やかかつ厳かに』。


 

 この街の服飾産業は、女神『ネム・ミリア』のお膝元に相応しい威厳は保ちながら、女神の名に花を添えるように発展していった。



 そのスタイルは多岐に渡り、一口に『ワンピース』といえども、型も柄も色もさまざま。人々は、その多様性に翻弄されながらも、自分に似合うスタイルを探し続けている。




 そんな街の、総合服飾工房(オールクローゼット)・ビスティーには、日々悩みを持った客が訪れる。


 

 彼女たちは口々にこう述べるのだ。



 『こうありたい自分と服の相性が合わない』

 『人からの印象と自分の好みが合わない』

 『何が似合うのかわからない』


 

 それに対し、まず話を聞いてから

 『じゃあ、ゆっくり探していきましょうか』と相談し、提案するのが、ミリアの着付師としての仕事である。





 今日の顧客は『レジーナ・ジョリー』。


 馴染みの扉を潜り抜け、店内を見渡す彼女に

「────いらっしゃいませ、レジーナ様」

 ミリアはにこりと微笑んだ。






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